この物語は、オーケストラに青春をかける高校生の物語である、
パラレル小説 <メジャオケ!!>の番外編です。
本編よりさかのぼること、約半年程昔のお話です。
本編を読んでない方でも、お楽しみいただけるかと思います。。。
主な登場人物は、名門海堂高校音楽科に合格するも、入学せずにアメリカに留学した天才ピアニスト茂野吾郎と、
聖秀高校の一年生清水大河の二人です。
設定の都合上、二人の年齢差が一歳となっていますが、どうぞご了承くださいませv
〜パラレル小説 <メジャオケ!!> 外伝〜
<聖秀篇> 「ラッパ吹きの憂鬱な朝」
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聖秀高校のブラスバンド部は県内でも有名で、なんでも入部にはオーディションがあるという話だ。
それだけ音楽活動が盛んだというので、学校側は最近オーケストラ部も新設したという。
だが、いい人材どうしてもブラスバンド部に行ってしまうので
オケ部はブラスに入れなかった生徒が仕方なしに入ってくるようなヌルイ部活になったらしい。
「ふうーん、じゃ、一年からトップ吹けるかな?」
中学で始めたトランペットを続けるならこっちのほうがいいな、と
清水大河は音楽室の前でオーケストラ部のポスターを見ていた。
「あんた、上手いんだからブラスのオーディションうければ受かるでしょ?」
ジャズやポップスが主流の聖秀ブラスよりも、クラシックをやりたいとわざわざオケ部に
入った姉からはそんなことを言われたが、3年間がんばったところで、
希望の曲にどれだけ乗れるかわからないというじゃないか。
(だったら、弱小オケ部で目立ったほうが楽しいじゃん。)
そんなお気楽な考えで入部した大河は、すぐにはトランペットパートの花形1stハイノート(高音)ヒッターになる。
どんなに生意気な一年生でも、その技術とセンスには、誰もが一目おいていた。
しかしながら、文化祭のステージも終わった1年の秋。
(あーあ。なんかつまんねーな)
自分だけ上手いからといって楽しいことはなかった。むしろストレスばかりで
やっぱりブラスバンド入ったほうがよかったな、と思い始めていた頃だった。
朝イチで音楽室を独占するのが好きだった。家で練習できる楽器じゃないし、
練習中に、他の楽器の音を掻き消す程の大きな音ばかり出して、苦笑いされるのも好きじゃない。
こんな俺でも、一応気はつかってんだよね、と、あくびしながら音楽室の扉を開けようとしたら、
中からピアノの音が聞こえてきた。
オケ部にピアノが弾ける部員は何人かいるが、こんな朝からなんなのかと、そっと開けてみると
音楽室のグランドピアノの前に、見たこともない背中があった。そして聞こえるその音色・・・・。
(・・・・・な・・・んだコイツ!? すげーー上手い・・・・)
ピアノは詳しくない自分でも、この曲くらいなら知っている。確か・・・・・ショパンの「革命のエチュード」だ。
たくましい腕が左右に動く度、難解そうなスケールが見事に美しいグラデーションとなり、和音は力強くも耽美だ。
激しく動く背中が躍動したかと思うと、時々ふっとその体の力が抜けたように憂いた音色が現れる。
大河は扉を開けたまま、その場を動けなかった。
曲が終わった。
その人物は肩で息をしながら、しばらくピアノの前で動かなかった。
こんなところでそんなに精魂込めて弾くなんて、一体・・・?
やがてピアニストは小さな声で何かを呟いた。
人の名前のように聞こえたが、なんのことか大河にはわからなかった。
そのうち予鈴のベルが鳴った。彼が立ち上がったので、何故か大河は慌てて扉を閉めて、
そのまま教室へ走り去ってしまった。
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その日の午後、音楽室ではオーケストラ部全員が集められていた。
「ねぇ、綾音ちゃん、今日から新しく入部した男子来るんだって。けっこうイケメンらしいよぉ」
「きゃー美保先輩、ホントですか?何の楽器なんだろう?」
「それがさ、指揮者なの。」
フルートの先輩後輩二人組が騒いでいるのを聞いて大河はげんなりした。
弱小オケがなんとかやって行けるのも、部活顧問の音楽教師が練習をまとめ、指揮をしているからであって、
学生が指揮をしたら、それこそどんな曲だって崩壊するんじゃないかと思ったのだ。
「ほら、早く来なさい!!」
「イテテ、何だよ、随分な扱いだな・・・」
音楽室の入り口で、音楽教師の綿木に小突かれるようにして、背の高い男子学生が入ってきた。
「今日からこの聖秀オケの指揮をしてくれる二年生の茂野吾郎くんです。」
綿木に紹介された男は、ぱっと見は音楽をしそうな雰囲気もない。
だが、大河はそれが朝の音楽室で卓越したピアノを奏でた彼だとわかった。
「茂野君はアメリカのジュリアード音楽院にピアノ留学していました。いわばピアニストの卵です。」
プロ同然の彼のほうが、きっと私よりもうまくこのオケをまとめてくれるでしょう」
上機嫌な教師の言葉に驚く部員の声は、またたくまに大きくなり、音楽室は一時騒然となる。
「な、なんでそんなやつがここに来るんだ?」
部長であるコントラバスの田代の言葉に、ティンパニーの藤井が深く頷いている。
「で、学生指揮者ができたということで、わが聖秀オケも、来年春のコンクールに出場できることとなりました!
出るかでないかは君たちで決めてください。まあせっかくだからやってみればと、先生は思いますけどね。」
まるで、部屋中何かをひっくり返したような大騒ぎとなった。
あちこちから、無理だとか、すげーとか、騒ぎは収集がつかなくなりしばし無法地帯となる。
確かに、大河も驚いた。このオケがコンクールにでるなど、考えたこともなかったからだ。
その様子に苦笑いしながら、「ま、よろしく」と、茂野吾郎は愛想笑いをしながら片手をあげた。
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結局、全体では意見がまとまらないので、それぞれのパートリーダーで会議を開いた結果、
とりあえずやってみようという安易な方向に落ち着いたらしい。
大河はやれやれと、少し冷ややかな目線で最初の全体練習に臨んだ。
弱小オケとはいえ、弦楽器も揃ってるし、コンサートミストレスである二年生は一応バイオリン経験者だ。
もしかしたら、今よりマシなものが出来るのかもしれない。
(あの茂野って人がどこまでできるのか、お手並み拝見てとこだな)
「じゃ、とりあえず通してみるか?」
たいした緊張感もなく、新しい指揮者がタクトを構えた。
(何だ・・・この指揮?)
吾郎は単調にリズムをとってるだけ。これじゃまるで子供の学芸会じゃないか。
大河はぶすっとしたまま楽器を吹いていた。
そのまま、その日の練習が終わった。
「茂野君ってすごいわぁ」
初見にもかかわらず、曲は最後まで通り、その後の指示の的確さにすっかりほれ混んだコンミスの言葉に、
大河は反論した。
「千華センパイもあまいっスねー。俺はもっとすげーのかと思ったけど」
「相変わらず生意気ね、アンタ。茂野くんのおかげで、リズムが全く崩れなかったのがわからなかった?」
初心者とヘタクソだらけのオケ部でもこの人とコントラバスの田代の実力は買っていた。
プロ並みとはいえないまでも、小さい頃からバイオリンを習っていただけのことはある。
コツンと頭を小突かれて、大河はチェと舌打ちした。
(まあそうなんですけど)
あの日聴いた吾郎のピアノは、そんなもんじゃない。あのレベルの音楽を肌で感じられるのかと期待していた自分が馬鹿だったと、少しでも夢を見たことにタメイキをついた。
(所詮ここじゃ、上手くなっても意味ねーなぁ)
そして、最近感じていた物足りなさから、大河はついに、朝の一人練習をやめてしまった。
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毎回の練習は淡々と進んでいった。
吾郎の指揮はわかりやすかった。わかりやすすぎてまるで、大河にはつまらなかった。
指示も必要最低限だ。
「まあプロは俺ら相手に本気ださねーよな」
そっちがそうなら、と、自分のパートのところで、適当に音を出したとき、
吾郎の目がキッとこちらを睨んだ。
そして急に曲を止めて言ったのだ。
「そこのペット、もう一回。一人でふいてみ?」
(な、なんだよ)
他の誰のパートでもそんなことしなかったくせに、急に自分だけつるし上げられたようで大河は腹が立った。
そして今度は本気で、完璧に吹いて見せた。
吾郎はニコリともせずに
「・・・最初からそうしろよ?」と冷たく言い放つ。
(な、なんで俺だけ!!)
その日は最後まで指揮者を睨みながら練習していた。
練習が終わっても腹の虫が収まらない大河は、帰ろうとしていた茂野吾郎にツカツカと歩み寄った。
「センパイ、俺だけイジメテ楽しいですか?」
「あんだと?お前・・・大河、って言ったっけ。馬鹿にすっと本気で怒るぞ?」
「馬鹿にしてんのはセンパイじゃないですか。素人ばっかだからって、手ぇ抜いて。本当はもっとすごいことできるんでしょう?
何で出し惜しみしてるんスか」
「あのな。」
吾郎はため息をつきながら頭をかく。
「お前、少しはデキル奴かと思ったけど」
その言葉に、大河は少しドキッとした。
吾郎は、最初から難しい指揮したところで誰もついてこられない。今はただ、基礎的なことに重点をおいている。
単調かもしれないが、あとでそれが生きてくる、と淡々と言って聞かせた。
「全く。少しは周りをよく見ろよ。自分のことばっかり考えてっと、気がつけば他の奴に抜かされるぞ」
「な、なんスかそれ!」
素直に怒りを表すと、今度は笑われた。
「お前っておもしれーなぁ」
クックッと笑う吾郎にと、頭をポンと叩かれた。
「明日、少し変化あると思うから楽しみにしてろよ?そろそろいいかと思ってたんだ。」
ちゃんと自分の腕を認めていた吾郎の笑顔が、やけに憎たらしかった。
次の日の全体練習で、吾郎は急に指揮を変えると言い出した。
「待ってよ茂野くん、そんなこと急に言われても、私たちはそんなに器用じゃないわ」
常々吾郎に心酔しているコンミスでさえが反論した。
大河は吾郎の意図が読めずにただ行方を見守った。
「いいから、今までどおりやってみな。だだ、今までさんざん言ってきた部分だけは、全員、俺の方をみろ。」
モノは試し、と言いながらも有無を言わせぬ指揮者に、各パートリーダーは憮然としている。
「楽譜からはずれてもいい。すこしくらい間違ってもいい。ただ、楽しむんだ。今だけは。」
しぶしぶ楽器をかまえる部員たち。
それでも、ひとたび吾郎の指揮棒が宙を舞うと、音楽室の空気が一変した。
吾郎の指揮が今までの単調なものからガラリと変わったのだ。
皇帝のように振舞うかと思えば、楽しげな部分では少しおどけてみせる。
それは拍の頭もはっきりしないところも有り、ともすればとても難しいのに、何故かオケはついていっている。
各パートの見せ場や、ソロ部分はおおげさなくらい意識して指揮するから、
演奏する側にも自然と気合が入った。
驚くべきは、今までただ弾き、吹いているだけに見えた部員たちが、その指揮にのせられるようにして、
オケ全体として美しく歌い始めたことだ。
その響きに衝撃を受けたの大河だけでなく、その場にいた全員だった。
_____な・・・にこれ?」
____うわ、すげー楽しい!
吾郎の指示のもと、日々、誰もが地道な努力を怠らなかったことに、大河は初めて気付いた。
そして今までのスタンドプレーにこだわっていた自分を恥じた。
誰か上手い奴が目立てばいいんじゃない。
全員が主役なんだ。
「ちっくしょ・・・」
皆が口々に互いを褒めたたえあう中、大河は一人うつむいていた。
その日から、大河はまたひとりでの朝練を再開した。
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年が明け、春になる。
吾郎たちは3年になり、いよいよコンクール当日がやってきた。
会場へと続く道で、吾郎の後姿を見つけた大河は足早に追いかけた。
「センパイ!」
「おう、大河。今日はお前、がんばれよ!!なんだかんだいって、この曲は金管楽器が魅せる曲だからな」
「・・・急にやさしくされたってなびきませんよ」
「・・・ったくかわいくねー。まあいいさ。演奏者としては最後のステージになるかもしれねーしな」
「え?」
「来年は・・・お前が指揮するんだろ?」
この半年間のあいだに密かに芽生えた大河の夢。そんなそぶりを見せたことはないのに、
なんでこの人は・・・。
「・・・そんなんわかんないっス。」
うつむいて口籠もるのが精一杯だった。
「それより、今日のステージで勝つしかないでしょう!?」
「・・・それヤケクソだろ?まあいいじゃねーか。優勝は海堂がもってくだろうけど、俺たちは俺たちだ。」
その笑顔に胸がいっぱいになった。
最初で最後の、同じ舞台。コンクールが終われば3年生は引退する。
心の奥の寂しさと切なさは、彼の「音楽」への純粋な憧憬のせいだと、自分に言い聞かせる。
「次は聖秀高校オーケストラ部 曲は ワーグナー作曲 ニュルンベルグのマイスタージンガー
第一幕への前奏曲です」
もうすぐ幕が開く。
未だに、一人一人のテクニックは確かに拙い。だが、このオケ全体の団結力と、なによりも、
皆が思いっきり楽しんで弾く姿は、観客に、審査員に、必ず何かを伝えるはずだと、
大河は意気揚々とステージに上がった。
誰よりも信頼し、憧れる指揮者が、自分たちの音楽を導いてくれるのだと信じて。
<終>
2007年11月5日
吾郎誕生日によせて。
ハッピーバースデー吾郎v
special thanks to 木綿一丁様!cenca様!
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