クリスマス薬眉ss 

「積み重なる時間」 
〜いつかのメリークリスマス〜

auther  cenca様



「トキメキ」 cencaさんより2007年のクリスマスに頂いたssです。




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今年のクリスマスも連休明けだった。
例年よりも少し遅い時間に訪れる事になってしまったため、
繁華街のシャッターは軒並み閉まっていた。
そして、クリスマスの装飾は早々に取り払われ、新年へのものに移ろっている。
薬師寺は、その町並みを気に留めることなく足早に通り過ぎ、目的地を目指していた。



1,2本ほど路地を抜け、目指す雑居ビルにたどり着いた薬師寺は
その光景に違和感を覚えた。
路面店が去年までと違う店舗に変わっていたお陰で、
地下へと降りる入り口の印象が今までと違うように見えた為だった。
けれど降り口横の表札のような小さな看板には紛れも無く、
イタリア語で「生まれる」「クリスマス」という意味の店名が書かれていた。
それを確認すると薬師寺は安堵を覚え、そのまま階段を下に降りていった。
降りきった場所には見慣れた重厚感のある木製の一枚板の扉があった。
そして扉を開くと、その奥に広がる空間も見慣れたものだった。
オフホワイトと木目を基調にして、地下の割りに天井の高いうなぎの寝床のような店内も、
ゆったりと幅のあるカウンターに一人用ソファータイプの椅子も、
薬師寺が初めて訪れた時から変わっていない。
ただ基調となっている木製部分は、磨きこまれて艶を増し色合いを深めていて、
年月の積み重に見合った変化をとげていた。
丁寧に隅々まで手入れが行き届いているのだろう。
何年も変わらない内装であっても、古ぼけた印象を受けた事はなかった。
薬師寺はこの変わらない空間がとても気に入っていた。





12脚並んだ椅子には奥から一脚飛びに、カップルが三組並んでいた。
薬師寺は一番手前から二脚目の椅子に座った。
オーダーしたものは、ここ近年変わることなく気に入っている銘柄のバーボン。
そう思いながらも、この銘柄を飲むのはこの店だけでだった。一年前からは特にそうで、別に入手困難なものでは無かったが、ふとこの酒が呑みたくなるとこの店が恋しくなった。
そんな心境が働くのはそんなに数多くではなかったけれど、誰に邪魔される事なくゆっくりと考えたい時には大概ここに来てしまった。
それでも今年は結構頻度が多かったのではないかと薬師寺は思っていた。




今年は自分にとって公私共にめまぐるしく過ぎていった。
今シーズン初めてチームの4番バッターに抜擢され、
開幕から好調な滑り出しをきったのだが、あっという間に勢いは途絶え、復調にはかなり苦労した。
それでも最終的には結果を残せるといえるほどの成績に落ち着けたのは、
不調時期も黙って使ってくれた監督やコーチ、チームメイトの面々のお陰だった。
それと多分、付き合い始めたばかりの彼女の存在も大きかったと思えた。
今年初めに先輩に紹介されたのだが、最初は申し訳ないぐらいに気乗りがしていなかった。
けれど、何度か設けられた席で少しずつ話したり、
彼女の朗らかで明るく振舞う中にも周囲へのさりげない気配りが上手い事とか、
時に見せる真の通った強さに興味を惹かれるようになり、自然と二人で会うようになった。
そして自分の不調時期中も、わずらわしく何かと立入ってくる事無く、
かといってわざとらしく無関心を装うのでもなく、静かに寄り添っていてくれた。


彼女のそんな存在の心地よさを感じるほどに、心苦しさも次第に感じるようになっていた。
こんなにも誠心誠意尽くしてくれる彼女に、全面的に答える事の出来ない秘めた自分の本心。
彼女を愛しいと思える気持ちとは別で、他に想い焦がれる気持ちが消える事は無くて。
そんな自分が余りにもずるく卑しく思え、彼女に申し訳ないと、
薬師寺は一度交際を断ろうとした事があった。
流石に全ては語ることは出来なかったけれど、それでも出来る限りの誠実さをもって
薬師寺は彼女に語った。
『私が側に居る事が迷惑ですか?』
『自分の我がままで君を不幸にしたくない』
『もし、迷惑でないのなら・・・それでも側に居たいという私の我がままで償ってください。
そしてそれ以上を私が望んだら、きっぱり切り捨ててください』
震える声でそう言って泣きそうな顔で笑おうとした彼女を薬師寺は切り捨てる事が出来なかった。
そして薬師寺はその彼女と次のシーズン前までに家庭を持つことになっていた。



薬師寺は本当は今日はここに来るのはやめようと思っていた。
メジャー1年目を派手な快挙で全うしたアイツが、
去年以上に多忙で身動きが取れないことは安易に予想できた。
オフに入って直ぐに凱旋帰国したけれど、その後所用でまたアメリカに舞い戻ったらしい。
だから今年はアイツがここへ来る事は物理的にも不可能だと思っていた。
それでも来てしまったのは、彼女のお陰でもあった。
平常を装いながらも内心うだうだとする自分を彼女は見透かしていた。
『それでもお祝いしたいんでしょ?行ってらっしゃいよ。その方がすっきりするわよ』
渇を入れるようにわざと強い口調で言ってから、
やさしくわらって。こんな彼女に自分は敵わないと思う。
彼女の強さの何十分の一かが自分にもあれば。
薬師寺は彼女の強さを目の当たりにするたびにそうおもいしらされた。



この想いを自覚すればするほどに、今まではおもいもよらなかった事を
考えるようになってしまった。
ただ見続けたいと想う気持ちに変わりは無いけれど、
それを自覚し納得した時から少しずつ生まれてきたそれ以上の想い。
人間というのはどれほど欲深い生き物なのかとつくづく思い知らされる。
自分の気持ちを相手にも知って欲しい、わかって欲しいと思う欲求。
こんな事を押し付けても迷惑以外の何者でもなければ、
それ以後の関係に支障をきたすのは明白な事だとわかりきってはいても、
時々発作のように起こる、衝動的な想い。
自分はまだこんなにも青く若かったのかと笑えてしまうのだか、
その想いに囚われてがんじがらめになる時もあった。
だからと言って、相手に何を望んでいるかを考えると、
何も思い浮かばないのも事実だった。



答えの無い堂々巡りな思考に溺れると、いつも時間はあっという間に過ぎてしまう。
薬師寺がふと気がつき時間を確かめると、あと30分もしないで今日が終わろうという時間だった。
やはり来なかったという事実は予想していたものだったにもかかわらず、
寂しさを実感させられた。
いつの間にか控えめに流れていたジャズの音色が止んでいた事に気づき、
薬師寺はグラスを少し大きく煽った。



その時、入り口のドアのきしむ音が薬師寺の耳を掠めた。
反射的に体が動き、ドアへと振り向く。
重厚感のある一枚板がゆっくりと開き、薄闇の中から現れたスーツ姿のシルエットが見えた瞬間、大きく鼓動が胸を打った。

しかし店内の明かりに曝されたのは、薬師寺の全く知らない男だった。

反射的にとってしまった行動にも、あからさまにがっかりしている気持ちにも、可笑しさがこみ上げてきた。
噴出してしまいそうになり俯いたけれど、かみ殺した笑が堪えきれず、肩が震えてしまう。
自分は何をやっているかと、唐突に情けない気持ちになった。
やはり、来るべきではなかったと思わずに居られなかった。

薬師寺が突っ伏してそんな事を考えていると、頭上から声が降ってきた。

「何やってるんだ。もう酔いつぶれたのか?」

その声に、耳を疑いながらも、薬師寺は慌てて顔を上げた。
「なんで・・・お前、ここに居るんだよ。今年は帰らないんじゃなかったのか?」
あまりの驚きに、少し声が震えてしまう。
「オフ位、故郷に帰ってくるのは当たり前だ」
眉村は当然の事を何故聞くのかと、少し不思議そうな顔をしながら答えた。
平然とした彼の態度に、薬師寺は自分の動揺具合が益々悔しくなってくる。
つい、口に出す気の無かった考えを声にのせてしまった。
「…なんで連絡くれなかったんだよ」
すると眉村はバツ悪そうに、視線を外した。

「すまん。だが・・・今日、ここにくれば必ず会えると思ったから、あえて必要ないかとおもってた」



この一言に言葉をなくした薬師寺は、今年も又『おめでとう』の一言を言う事が出来なかった。



<終>
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06年のクリスマスに書かれた「いつかのメリークリスマス」
(「トキメキ」サイト様 作品庫格納)の
続きだそうです。
この作品の世界観が大好きです。(きっぱり)
未読の方はcencaさんのサイトにGOです!!!

大人になってから気付く恋。
若さだけでは走ることのできない想いと、それでも消えない熱と。
思いめぐる薬師寺くんの心情が苦しいほど伝わってきます。

実は、昨年頂いたときは、作中に出てきた奥さん像に照れまくりで、
なかなかこちらに飾る勇気がありませんでした。
(遠まわしですいません。汲んでやってください。
ほんっと恐縮です。そして、いろいろごめんなさい)
今年、思い切って自サイトに格納いたします。
だって、夢が叶ったんですもの(笑)


思えば、06年の最初の作品を読んだときはまだ、cencaさんと出会うことも、
そしてこんなに仲良くしていただけるとも思ってませんでした。
いろいろありがとうございます。

cencaさんの薬眉、大好き!!!


ありがとうございましたvv




2008年クリスマスv

むつみ


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