「BENTO男子」 







その夜。
いつものように弁当用の仕込みをしながら寿也は物思いにふけっていた。
昼間のことが頭から離れない。

「茂野…吾郎…。」

白米を研いだ水を流しながら一人呟いた。
今度は、何人かの同輩や女性社員が親しみをこめて彼を呼ぶ名を口にしてみる。

「吾郎…くん…。」

米を研ぐ手が止まっていたことに気付き、寿也は慌てて何度も水を替えた。
そして炊飯器にセットすると、今日何度目かわからないため息をついた。

「もう、寝よう。」

歯ブラシを手に、洗面台の鏡に映る自分を見た。
そっと、唇に手を当てる。
不思議なことに、嫌悪感はなかった。それどころか、胸の奥がトクン、と波打った。
思い出すのは吾郎と二人で食べる昼ごはん。
なんていうことはない会話をしながらの食事はとても楽しいひとときだった。
「旨い!」という吾郎の笑顔がまぶしくて、そして、その瞳に見つめられるとうれしくて。

本当は、とても大切な、大事な時間だったのだ。
ただそれに気付くのが嫌で、認めたくなくて。
つまらないことに腹を立ててごまかした。

「は、はははは。」

寿也は鏡の中の自分を嘲るように笑った。
社内恋愛のリスクを避けるためについた嘘が、
とんでもないハイリスクの恋をたぐりよせてしまったことに気付いたのだ。


___そうか、僕も、好きだったんだ。


寿也はもう一度キッチンに戻り、食材をみつくろって何やら楽しげに作業を始めた。





次の日。昼食の時間、外に出ようとしていた茂野吾郎を寿也は呼び止めた。
さすがに気まずいのだろう。なかなか目線を合わせようとしないので、
寿也は柔らかな声音で歩み寄る。

「今日は外で食事?」

「はあ。まあ。」

昨日のことを悔いているのか、それとももうあきらめたのか、
ぶっきらぼうに吾郎は答えた。寿也は小さく笑みを浮かべ、
誰もいなくなったのを見計らってもう一つ大きな弁当箱を吾郎に差し出した。

「はい。これ、吾郎くんの分。」

「え!?」

「実はね、いつも僕が自分で作ってたんだ。彼女の手作り、なんて単なる噂だよ。」

びっくりして目を見開いたままの吾郎に、寿也は照れくさそうに小声で付け加えた。

「…昨日の言葉、うれしかった。」

吾郎の顔がぱっと輝く。

「本当かよ!?信じていいのか!?」

「しょうがないよ。だって君があまりにも美味しそうに食べるから。」

寿也は頬を赤く染め、手にした弁当箱をゆっくり吾郎に手渡した。

「もっと、食べて欲しいんだ。」

次の瞬間、寿也は弁当ごと抱き締められた。

そして優しいキスを交わした後、
二人は仲良く並んで、いつものように昼食を共にしたのだった。




<終>




2010.5.3