カサブランカ 2>  auther natsuki 様
            

  



「知ってるか?この花の、花言葉。」

「知るわけ・・・ないだろ・・・っ・・・」




薬師寺が問いかけながら目の前にある耳の裏側をつつっと舌先でなぞると、

語尾がわずかに震えた。




「高貴、威厳、純潔・・・ああ、純愛なんてのもあったな。」




サイドテーブルに置かれたワインボトルに活けられたカサブランカの花びらが、

ベッドの軋みと共にゆらゆらと揺れているように見える。




「揺れてんのは俺の方か。」




自嘲を含んだ薬師寺の声を、眉村が聞き咎めた。




「・・・何?」

「なんでもねーよ。」



豊潤な香りが、部屋中に充満していた。

この花の香りの甘さのせいなのか、さっき飲んだワインのせいなのか、

いつも以上に自分が酔っているようにも思える。



「やべぇな・・・抑えらんねぇかも。」



そう言いながら湧き上がる衝動のまま、眉村の頚動脈に軽く歯を立てる。

すると、左耳の近くでぼそりと何か呟く声が聞こえてきた。

はっきりと聞き取れないのがもどかしい。

薬師寺は眉村の表情が見える位置へと、体を動かした。



「何か言ったか?」

「抑える必要などない、と言ったんだ。」



キッパリと言い切る口調が、まるで野球の話でもしているようだと思った。



「・・・お前さ・・・ほんと、この花にそっくりな。」



呆れるように言うと、眉村はほんの少しその端正な眉を顰めた。



「ああ、別にバカにしてるんじゃないぜ。なんていうのかな・・・この花はな、

身持ちが硬いくせにちょっとずつ綻んでいくさまが、ものすごくエロいんだよ。

勿体つけながらも結局はふてぶてしいまでに堂々と開くくせに、

ほっとくと自分の花びらまで汚すから花粉取ってやんなきゃいけねぇしさ。」

「面倒なのか?」



そう言った眉村の瞳は訝しげに細められ、問いかけにはほんのわずかに苦いものが混じる。



「いや、全然。高貴で純潔だからこそ、もっと乱したくなるんじゃねぇの?」



ばっさりと斬り返して、薬師寺は眉村を見下ろした。

視線が絡む。

薬師寺は、言葉に込めた意味を眉村が正確に掴んだかどうか確かめたくて視線を外さない。

根負けしたのは眉村の方だった。



「・・・好きにしろよ。」

「謹んで。」



そう言って薬師寺は目前でかたく閉ざされているくちびるに、うやうやしく自分のくちびるを押し当てた。

舌やくちびるで丁寧に愛撫するうちに、その頑ななくちびるはゆるやかに開かれていく。

角度を変え、さらに深く探るようにくちづけるうちに、かすかに吐息が漏れるのが聞こえた。

それを聴いて薬師寺は満足したかのように下へ下へと次第に離れて行こうとすると、

眉村がふと薬師寺の耳に指を伸ばした。

気になって顔を上げると、眉村は薬師寺の視線を受け流してカサブランカを見上げた。



「これは・・・つぼみが開くたびに落ちるのか?」



その時に見えた、わずかに上がった顎から首にかけてのラインがとても美しく、

一瞬見惚れたせいで返事のタイミングが少し遅れた。



「・・・これって、何が?」

「花粉。」



その言葉に思わず花へと視線を向ける。

薬師寺はもう一度身体を移動させて、眉村の目を真っ直ぐ見下ろせる場所へと戻った。



―――――お前わかってんだろ、俺の言いたいこと。



「花粉取るのは、俺だけだからな。」

それを聴いた眉村の瞳には、今度こそはっきりとわかるほど咎める感情が表れていた。

「お前・・・バカじゃねぇのか?」

怜悧な視線で心の奥底まで見抜かれたように感じて、薬師寺はわずかに憤りを覚えた。

「あー、バカで悪かったな。」



喩えがいまひとつだったことは認めるけど、そこまで言わなくてもいいだろと思っていると、

思いも寄らなかった意外な言葉が耳に飛び込んできた。



「お前しかいないんだから、わざわざ確認すんなってことだろ。」



下から見上げる瞳には少しも迷いがなかったけれど、言い終えてから外された視線や

ほんの少し声に混じった気恥ずかしさを逃すことなく感じ取ると、

眉村の心臓の位置に額づいたまま、薬師寺は動けなくなった。

滅多に確信に触れることは言わないくせに、さらっと口にする言葉の意味はとても深くて。

薬師寺はカサブランカの花言葉を反芻しながら、込み上げる愛おしさに体中が支配されるように感じた。



―――――お前が垣間見せる綻びがどれだけ俺を煽るのか、いい加減解れって言うんだよ。



「お前のそういうとこ、どうにかしろよ。」

「じゃあ・・・・・お前しか欲しくない、と言えばいいのか?」



素直なのか、試されているのか。

さっきよりもさらに威力を増した物言いに返答に窮した結果、笑いが込み上げてくる。



「こういうときは・・・もっとシンプルに、お前が欲しい、じゃねぇ?」

照れくさい気持ちを隠して、少しだけ茶化したつもりだった。



「お前が、欲しい。」

衒いも無く放たれた言葉が、心に真っ直ぐ届いた。



―――――降参。お前にはかなわねぇよ。



雄大な愛。自尊心。

カサブランカの花言葉には、そんなものもあったなと思い出す。

薬師寺は返事の代わりに眉村の手を取り、その甲にそっとくちびるをつけた。










<終>









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






--------------------------------------------------------------------------------


本当に続編をいただいてしまいました!!!(感涙)


実はこれをいただいたのは、natsukiさんのお宅にお邪魔したときでした。
散々リアルなママお茶を楽しみ、さあ帰ろうという間際、
「むつみさん、ちょっとこれ・・・」と見せられたパソコン画面にあったのが
この小説ですよ!!!
冒頭から雰囲気満点、色気漂う二人の様子に、腰が抜けそうでした。(本当です。)
あまりのことに動転して、ワタシはその場ですべて読むことができなかったのです。
なんというヘタレでしょうか(涙)逃げるようにそのまま帰宅しちゃったんですよ!?(本当です。)
結局、その後メールで送っていただきました(爆)どんだけ・・・。

私にとって薬眉はひっそりと一人で楽しむ秘密の花園なのです・・・(馬鹿)
こんな素敵な薬眉小説を、人前でなんて読めません・・・。

狂おしいほどに眉村を想う薬師寺の一途さと、
まっすぐに受け止める眉村の美しさに息が止まりそうです。
何よりも、幸せな二人の空気が伝わってきて涙が出ました。
泣き上戸ですみません。でも二人が幸せだと、
こんなにもうれしい・・・。

natsukiさん。
以前から伺っていた「白い百合の花=眉村」妄想を、
形にしてくださってありがとうございました。
心から感謝いたします!




2009・8・23


back to get menu