「始まりを告げる鐘」3




気がつけば日はすっかり暮れていた。
食事をするのも忘れ、打撃に打ち込んでいたのだ。
暗くなった公園は人気もなく、ひっそりとしていた。
コンビニで買った肉まんをほおばりながら、目の前の眉村は黙ってる。


今日は眉村の誕生日だった。
本当は祝う気持ちもあったのだが、結局「それらしいこと」をぶち壊して
映画館から出てきてしまった。
プレゼントを用意することも考えていなかったから、
せいぜい肉まんをおごってやるのが関の山。

薬師寺は、とたんに自己嫌悪に陥った。


(何・・・やってんだ俺?)


そのとき眉村がフッと笑って言った。


「こういうの、悪くないよな。」


口の端に、食べ物のカケラをつけたまま、優しい眼差しを向けてくれた眉村が
心の底から愛おしくて、黙りこんでしまった。
今目の前にいるのは、甲子園のエースとか、ドラフト一位指名のルーキーではなく、
高校生活を名残惜しむ、一人の若者。


___心を解いたようなその柔らかな微笑を、自分だけのものだと思っていいのだろうか?


門限があるからそろそろ帰らなければならない。
でも、何か言わなきゃいけない。
もう二度とチャンスはない。


唇を噛み締めて俯く薬師寺に、不思議そうな顔をした眉村が、どうした、と声をかける。



吐く息が白くなる。
気温が下がり、真冬の寒さが身に染みた。



___好きな奴の誕生日ってどうしたらいいかわからなかった。


言ってしまってから、薬師寺は恐ろしく後悔した。
頭の中が真っ白になり、困惑した眉村を、思わず抱き締めた。

「おい!?」

当然、拒絶された。
驚いた眉村に突き放された体をもてあまし、薬師寺は立ち尽くす。

心臓の音が聞こえるかと思った。
顔に血がめぐり、自分でも赤くなっているのがわかった。


緊張していたが、それでも頭の中は冷静だった。


(俺、今、コイツに告白したんだ・・・)


一度自覚した想い、溢れてしまった感情はもう止められない。
自分が目の前の相手に恋焦がれていたことを、
隠すことはできない。


薬師寺は初めて、恋しさと愛しさをこめて相手を見つめた。
何も言わず、眼差しに想いをこめて。


そして、気が済んだ。


伝えたかった気持ちを言葉にして、何故か晴れ晴れとした気持ちだった。
それが気付いたばかりの感情だとしても。
それが、許されぬ想いだとしても。

だが、眉村にとってはとんでもなく迷惑な話だっただろう。
男に告白されて、抱き締められるなんて想像していただろうか?


「・・・・ごめん。」


相手の気持ちを思うと、謝らずにはいられなかった。
そして、友情が音を立てて崩れてゆくことを悲しく思った。
いや、友情ではなかったのだから仕方がない。
それは自覚したとたん、敢え無く消え去った恋心。

まあそれも、高校生活最後の馬鹿な思い出だと思えばいい。
今ならまだごまかせる。
悪いな、冗談が過ぎたよな、と言って笑って済まそう。


あきれた顔でため息をつく眉村に、もう一度謝ろうとした時だった。


「お前ならいいよ。」


薬師寺は耳を疑った。


眉村が、真っ直ぐにこちらを見ている。


その頬が少しだけ朱に染まっているように見えたのは、
少し古びた外灯の蛍光灯がちらついているせいか。


それとも___。


薬師寺は夢中で彼を抱き締めた。
こわばっていたはずの相手の体は、わずかながら自分の腕の中で柔らかく揺れた。


これからどうなるか、とか、この先二人でどうしたらいい、なんて今は考えられない。
ただ、眉村を好きだという気持ちが溢れ、体中を駆け巡った。



初めてのキスで、冷たい唇がやがて温かくなることを知った。





<終>





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もしも、始まりがクリスマスなら・・・という二人へ愛を込めて。


2009・1・20



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