傍らに君が







日に日に温かくなる春の日差し。
グラウンドの土が、強い風を受けて舞い上がる。

月に一度の紅白戦。
今日もどうやら、接戦になるようだ。

「よっしゃー!!行けー!薬師寺――!打ったれ打ったれぇい!」

相手先のベンチで約一名、うるさいやつが騒いでる。
バッターボックスに立った薬師寺は、
茂野の声援に返事代わりの笑みを返し、眉村と対峙した。

ただの紅白戦とはいえ、手を抜くつもりなんて毛頭ない。
眉村は渾身のストレートと変化球で薬師寺を翻弄するが、
相手もさすがに食いついてくる。
何球か、ファールが続き、彼の苦手なインハイを
狙って投げた時だった。
薬師寺が打ち返したその球は、ピッチャーライナーとなって、
眉村に向かって飛んできた。
反射的にグラブを出し捕球しようとしたその時、
突風で舞いあがった土埃が目に入り、急に前が見えなくなった。
と、同時に、頭に強い衝撃を感じて、眉村は地面に倒れこんだ______。





ここが医務室のベッドであることに気づいた時、窓から差し込む日差しは翳り始めていた。
随分と長いこと、意識を失っていたようだ。眉村はぼんやりと天井を見つめたまま、
もう一度目を閉じた。窓の外はまだ風が吹き荒れているのか、時折大きな音がする。




・ ・・遠くで誰かの声が聞こえる。



「どう?眉村、気がついた?」

「いや、まだだ。そろそろだとは思うんだが・・・。」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、薬師寺。先生も、軽い脳振とうだって言ってたし、
 打ち所も悪くなかったってことだし・・・。」

カーテンの向こう側から聞こえる会話から、自分に起きた事が理解できた。そうだ、
さっきまで、紅白戦のマウンドにいたはずだった。


「薬師寺のせいじゃなんだから、責任感じることないよー。あんなに取り乱すなんて、みんなびっくりしてたよ?」

「いや、だから、あれは・・・」

 口籠もる薬師寺の声を遮るように、佐藤がクスと笑って言った。

「しょうがないか。だって、大切なひと、だもんね」

「な、何を・・・!!」

「どうしたの?赤くなって・・・。大切なうちのエースって、意味だけど?」

「・・・・・お前、俺のことからかってるだろ。」

「あはは、ばれた?」

いたずらっぽい笑みをうかべ、佐藤は小さな声で、大丈夫、僕しか知らないって、と付け加えた。

「でも練習おわってから、真っ先に、医務室にすっ飛んでいくんだもん。ずっとここにいたんでしょ?
ちゃんと着替えないと汗が冷えて体に悪いよ?これからミーティングだけど、
監督には僕から適当に言っておくから、君は彼が目をさますまで、ここにいなよ。」

「・・・はいはい、わかったわかったよ。」





二人の会話は、ところどころ風の音が混じり、意識が戻ったばかりの眉村には、
会話の内容がすべて聞こえたわけではなく、なんとなく、二人が自分を心配してくれているのがわかっただけだった。
薬師寺も佐藤も世話好きなのは同じだな、などと思っていると、
じゃあね、と言って佐藤が出て行った。
廊下の向こうから、佐藤の下の名前を連呼する、茂野吾郎の大きな声が聞こえたからか。




カーテンにうつる、背の高い影。ふっと動いたかとおもうと、薬師寺が入ってきた。眉村は思わず、まだ眠っているふりをしてしまった。


眉村が目を覚ましてないと思った薬師寺は、ふう、と小さなため息をついて、
傍らの椅子に座ったようだ。
医務室の窓から、西日が差し込む。まだ風が強いのか、時折、カタカタと音がする。



なんとなく、目を覚ますタイミングを逸してしまった眉村は、この状況にいささか困惑していた。でも、薬師寺が責任を感じて、申し訳なく思ってここにいる、ということだけは理解した。

もう大丈夫なんだから、気楽にさせてやったほうがいいか・・・。
そう思いゆっくりと眉村が起き上がると、傍らには腕組みしたまま、いつの間にか眠ってしまっている薬師寺の姿。




閉じた瞼と、意外に長い睫毛が、西日にあたって光っている。頬にかかる少し乱れた長めの髪が、うつらうつらと眠る動きに合わせて、ふわふわと揺れている。少し開いた口元から聞こえる、かすかな寝息。
こいつ、男のくせに・・・。


思わず見とれている自分に驚いた眉村がうつむくと同時に、
薬師寺の体が大きく揺れて、目が開いた。

「眉村! 気がついたか・・?大丈夫か?」

「ああ。大丈夫だ・・・。」

薬師寺は、心から安堵した表情で、そうか・・と言った。それから、すごく申し訳なさそうな、やりきれない表情でうつむいたまま、黙りこくってしまった。真っ先に謝ろうと思ってここにいたはずなのに、うまく言い出せない・・・。やっとのことで出てきた言葉は、消え入りそうな、小さな声で。

「眉村、俺のせいで・・・」

「砂が目に入った。お前のせいじゃない。」

薬師寺の言葉を遮るように、眉村が言った。

「でも・・・」

「試合、どうなった?」

「・・・え?」

「どっちが勝ったんだ?俺のチームか?」

「い、いや、えっと・・。」

「・・・負けたか。」

眉村がふっと笑った。

「あ、ああ・・・。お前がぬけてから、急に交代した市原がすぐつかまってな。こっちは茂野が相変わらず絶好調で、悪いが勝たせてもらったよ」
眉村の笑顔にほっとして、少し、饒舌になる。そして、まっすぐに彼を見つめて、今度ははっきりと言った。

「俺の打球で怪我させてすまない。本当に悪かった。」

「だから気にするな。こんなことはよくあることだ。お前だって、俺にデッドボールくらったことくらいあっただろうが。」

「一応、ケジメだ。謝らねえと、気がすまない。」

「勝手にしろ。」

「んだよ、その態度。」

言葉とは裏腹に、二人の表情は楽しげだった。


「そろそろ、戻る。」

「もう少し、休んだほうがよくねーか?俺が言っておいてやるから」

「もういい。」

ベッドから降りようとする眉村を制止するように、薬師寺の両腕が眉村の肩を掴んだ。
驚いて顔をあげると、薬師寺の心配そうな顔が目の前にあった。


「いいから、寝てろよ。な?」

眉村を捉える薬師寺の瞳の奥に、何か憂いめいたものが揺らめいて、
その優しい眼差しがどこか切なく美しく感じられ・・・・・・・思わず、視線をそらす。


「・・・わかった。」

眉村の胸の中で、何かががトクン、と波打った。この感情がなんなのか、今はまだよくわからない。



いつのまにか、風は止んでいた。


<終>




2007年3月12日




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