薬眉+ゴロトシ? プロ入り後 ちょっと異色なお話








赤ちゃんと俺たち





オフシーズンのとある日曜日。
ここは青山にある寿也のマンションだ。


「あれ?薬師寺は?」


「車で来るって言ってたぞ。」



寿也は、一人で来た眉村を出迎えると、ふーんと言って、エプロンのポケットから腕時計を出して、
この時間じゃ混むかもねぇ、と呟く。




寿也はそのままキッチンに戻り、いそいそと準備を続けている。
その傍で、出来上がる料理を次々とつまみ食いしようとしては怒られる茂野吾郎の姿。




卒業してから何年経っただろう?眉村は、昔の仲間の居心地の良さを、プロ入りしてから知った。
バカ話で飲み明かすわけではないが、いつものように、部屋の片隅の椅子に腰掛けて、
とりあえずと寿也が薦めてくれたワインをちびちびやりながら、ワイワイ騒ぐ二人の姿を眺めて一人楽しんでいた。
そのうち、遅れてくるだろう彼が、黙って自分の傍で一緒に飲むつもりが、
結局あの二人に引きずりこまれて、最後は茂野に向かってバカタレ呼ばわりする姿を今日も見るのだろう、とそう思っていた。





___が、どうも少しだけ、その日は違っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



インターフォンが鳴った。



「あ、薬師寺だよ。眉村、お願い。」



言われるままに、玄関をあけると、そこには、右手にワイン、
左手に小さな______まだ赤ん坊と呼べるような男の子を抱えた薬師寺の姿。




眉村はあまりの光景に言葉を失った。



「・・・よお。」


悪びれもせず、男の子を抱えたまま、遅れて悪い、と言って部屋に上がる薬師寺。
とたんに部屋中が大騒ぎになる。


「おお!薬師寺、さすがだな、隠し子いたのか!?」

「予想通りの反応をありがとよ。姉貴の子だ。」

「なんでここに??ママさんは?」

寿也も目を丸くする。

「俺が車で青山行くっていったばっかりに、ついてきやがって、今そこのセレクトショップで買い物してる。
都合よく子守させられるハメになっちまったよ。」

「へえ?いくつだこいつ?」

「来月で一歳だ。あ、佐藤、悪いな?小一時間ほど、ここにいてもいいか?こいつ?」


そう言われて、寿也はまだめずらしそうに二人を見ながらも、にっこりと、いいよ、と言った。



男の子は、じっと自分をみつめる眉村と目があうと、いきなり泣き出した。


「あ、こいつ今人見知りする時期だからな。誰でも泣くぞ。」

「なんでそんなにお前に慣れてるんだ?」

「このオフに実家に戻ったら思いっきりナツかれた。全くうんざりだぜ。」

うんざり、とは言いながらも、幼子を見つめる薬師寺の眼差しは愛情に溢れている。
そして、片手で軽々と抱きながら、菓子を開けて食べさせ始めた。


「そういや、眉村、契約更改のときにさ・・・」
眉村は、赤ちゃんを片手に抱いたまま、普通に自分に話しかけてくる薬師寺に面食らう。


甥っ子はしばらくニコリともしないで薬師寺にしがみついていたが、そのうち退屈したのか、ジタバタしはじめた。


「なんだ?おとなしくないな・・。ほら、少し動いていいぞ。」


開放されると、勢いよくハイハイし始めて、あっという間にティーテーブルの下へ。
その上のテレビのリモコンをいち早く見つけると、素早く口にいれようとする。


「ばか!!それを舐めるな!」

慌てて薬師寺がとりあげるも、甥っ子は次なるターゲットにスリッパをロックオンし、
ものすごい速さで這っていく。それを追いかける薬師寺。



「薬師寺ってこういうキャラか?おもしれぇ。」

「ライオンズの人気選手の姿とは思えないね?」


ギャラリーよろしく、吾郎と寿也がひやかしても、
薬師寺はウルサイっと言ったまま、かいがいしく世話をする。


赤ちゃんは所かまわず動き回り、時折「はうー」とか「あうあう」とか言いながら、
眉村の足元まで来ると、大きな瞳でじっと彼を見上げた。

タイミングが悪いことに、ここで薬師寺の携帯が鳴る。

「悪い、球団からだ、ちょっといいか?」


そう言って薬師寺は赤ちゃんをおいたまま、携帯片手に玄関からでていってしまった。


(ちょっといいか・・・と、言われても・・・)


急にまかされても、眉村はどうしていいかわからない。
何せ、物心ついてから赤ん坊に接する機会なんて全くと言うほどなかったから、
とりあえず目の前の生命体をじっと観察するしかなかった。


まだ生えそろったばかりの短くて細い髪と、まるで子犬のように座るやわらかそうな体。
ぷにぷにっとしたほっぺたはほんのり赤く、口をぽかんと開けて、こちらを見つめる黒目がちの瞳は、あまりにも澄んでいた。
まさに愛くるしいともいえる、その純粋な可愛らしさに、さすがの眉村も、思わず目を細める。


眉村の笑顔に安心したのか、赤ちゃんはとびっきりの笑顔でにこっと笑うと、
急に彼の足につかまり、おぼつかない足元で立とうとし始めた!


「お、お前!!まだ無理・・なんじゃないのか!!??」


これくらいの月齢なら当たり前の動きでも、
眉村にとっては全くの予想外なので、ただただ彼は硬直するばかり。
案の定、上手く立てなかった甥っ子はステン!と転び、
とたんに部屋中にびえええ!!という泣き声が響き渡る。


この状況に慌てふためく眉村。

「さ、佐藤! なんとかしろ!!」

「え、ええと、・・・どうしよう?」


眉村に呼ばれて寿也が来てみるも、意外にもおっかなびっくり抱っこしようと
するので、張り裂けそうな泣き声はますますエスカレートするばかり。

「ああ、痛かったんだね?どこ打ったんだろう・・?だ、だいじょうぶだよぉ!」

「もういい!薬師寺呼んで来い!」


眉村と寿也があたふたしていると、

「こーゆーときは思い切って遊んでやればいーんだぜ?」

と、急に彼を抱き上げたのは吾郎だった。

そして、勢いよく高い高――いと言って男の子を天井近くまで上下させる。
(作者注・皆さんマネしないでくださいね)

「わ、吾郎君、そんなに激しくしたらだめだよ!」

「いーんだよこれくらいのほうが、な?」


心配する寿也をよそに、男の子はいつの間にかキャッキャと笑う。
そして吾郎に肩車してもらうと、急に機嫌よく辺りをきょろきょろ見回しはじめた。


「なんだよ・・・吾郎君のくせに」

何やら不満げな寿也に、

「ああ?ま、俺は年の離れた弟も妹もいるからな。」

と言って笑う吾郎。そして、あの手この手で男の子を上手にあやす吾郎を、
寿也は相変わらず心配そうな顔で、でも手をだすことが出来ずに見守っている。


なんだか妙な光景だ・・・と思って遠巻きに見ていた眉村の傍らに、いつのまにか
薬師寺が立っていた。


「へえ。佐藤より、茂野のほうがアイツの扱いが上手いのか。」


さっきまでの騒ぎを知らないかのようなのんきな発言に、眉村が思わず苦笑する。
そして、
「そんなことより早く母親に来るように連絡したほうがいいんじゃないのか。」
と言うと、一番困ったのはお前だろ?と言われて返す言葉もなかった。


薬師寺はその様子にクスっと笑い、赤ん坊よりお前の扱いの方がよっぽど難しいけどな、と眉村の耳元で囁き、
赤くなった彼に思い切り睨みつけられていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ほどなく母親が迎えにきて、お礼代わりにおいていった高級なチョコレートもすっかりなくなる頃には、
先ほどの騒ぎなどまるでなかったかのように、いつもの光景になっていた。




「だーから薬師寺!ぜってー俺からは打てねーって!!」
「んだとぉ!!テメエ!」
「やめなよ吾郎君・・・・。」
「・・・・(微笑)。」






<終>


2007年5月8日



back to novel menu