捏造と美化の産物です(汗)
バーテンダー薬師寺くんのヒトコマ
商社マン(?)の眉村視点






パラレルSS< Bar Third >













繁華街から離れた、静かな住宅街を少し歩くと、小さなビルがある。
階段を登れば、目の前には店名が掲げてあるだけの扉。
ここがバーであることは知る人ぞ知るという雰囲気だ。



小さな店内には座席が7つだけ。
自分にとって特別な意味をもつこの場所に、久しぶりに足を運んだのは、
やけに重い仕事にひと段落ついたことと、ライバルである同期のプロジェクトの成功に、
少し焦りを感じていたからだった。


「いらっしゃいませ」


カウンターの向こうには、閉店間際に入った自分に、
嫌な顔ひとつせずに席を勧めるバーテンダーが一人。
彼は目の前の席にいる常連客の女性の話をやさしく聞きながら、
もう随分と酔いのまわっているような彼女にそっとチェイサーを差し出している。
一口の水で落ち着いた彼女から離れると、彼は一番隅の席に座った自分の前にきて、
いつものでよろしいですか?と微笑みかける。



ほどなくして、癖のあるアイレー系のシングルモルトの香りが口中に広がり、
鼻に少し抜けた。それをゆっくりと舌でころがすように楽しむと、強めのアルコールが喉を静かに通り過ぎていく。



「今日も、たくさん飲んでいらしたんですか?」

「接待も仕事のうちなので。」

「お疲れさまです。」



いたずらっぽく、ニヤリと彼が笑ったのは、あまりにもお互いを知りすぎる仲ゆえで。


ほどなく先程の女性客が会計を済ませると、マスターは彼女にやさしくおやすみなさいませ、と言って、
扉が閉まるまでうやうやしく頭を下げていた。



小さな店内に客は自分だけ。
少し肩の力をぬいたマスターはBGMを止め、外の店の看板の明かりを落とした。



「悪いな?もう少しいてもいいか?」

「気にするな。俺はまだやることがあるから、気が済むまでそこで飲んでていいぞ。」



グラスを洗う水音にあわせて、結んだ長めの髪が揺れる。

飾り棚には、下の肥えた客が愛してやまない酒の数々。その選りすぐられた品揃えの下には、
バカラやウォーターフォードといった美しいクリスタルグラスが並んでいる。




「今日はどうしたんだ?ここに来るなんてめずらしい。」

「来ちゃまずいのか?」

「んなわけねーだろ?ちょっと照れるけどな。」


それはバーテンダーの顔ではなく、自分の好きないつもの笑顔。
薬師寺はそれ以上何も訊かずに、ただだまってグラスを磨き、そっと棚に戻していく。
すべてが片付くと、ふう、と一つため息をついて、タバコを一本取り出して自分に断ってから火をつけた。


ゆっくりと、細い煙がゆらゆらと揺れた。



「まだ飲むか?」

「・・・いいのか?」

「軽めのカクテル作ってやるよ。」


シェーカーを振る音が、静かな店内に響く。
その美しい立ち姿と端正な横顔に惹かれて通ってくる女性客が多いのも仕方ないかと、
少し複雑な気持ちにもなる。



「・・・これは?」

「・・・・さあな?なんとなく、お前の好きそうなもので作っただけだ。」



そのロングカクテルは、甘さはないのに、どことなくやさしい味がする。ゆっくりと味わうと、
体中の無駄な力が抜けていくような気がした。



「そろそろ先に帰って寝たほうがいいぞ」


あまりに居心地がよくて、少し、眠くなっていたのかもしれない。
気がつけば、グラスの氷が半分くらい溶けている。いつの間にか髪をほどいた薬師寺の手がのびてきて、
自分の左手にそっと重なっていた。



家に帰れば当たり前のように触れ合う筈なのに、今日はやけに胸の高鳴りが大きくなる。

ここが彼の店で、カウンター越しに向き合いながら、
重なる手にキスを受けているというだけなのに。



「・・・いつまでそうしてるつもりだ。」


「・・ん?お前が元気でるまで。」



仕事の愚痴を言ったことはないが、たまには甘えてもいいだろうか?


そんな自分の気持ちを見透かすように、
薬師寺は自分の指を舐め始め、そっと口に含んだ。

まるで自身を弄ばれているような感覚を覚え、慌てて手を離そうとするも、彼がそれを許さなかった。



「・・・おい!」



制止するこちらの言葉にはおかまいなしに、ゆっくりと舌を這わせるその動きと、
上目遣いの視線から逃れられない。




薬師寺は少し楽しそうに、わざと音をたてながらその行為を続け、自分を見つめ続ける。



「・・・や・・めろって・・・・!」



体中が熱くなり、意に反してあらぬ声がでそうになった時、
ドアの外から階段を上がる足音が近づく気配がした。




反射的にお互いの手が離れた。




足音がそのまま階上にあがっていくのをじっとやり過ごすと、
薬師寺が、鍵はかけたはずなんだが、と言って思いきり笑い出した。




つられた自分も、思わず噴き出してしまう。



「いいから先帰れよ?明日朝早いんだろ?」

「いや・・・。終わるまで待ってていいか?」

「全く・・・。好きにしろ。」



彼は吸いかけのタバコを消すと、こちらに背をむけて伝票を整理し始める。






その広い背中をみつめながら、今日はこのまま、二人でどこかで飲みなおそうか、などと
考えてる自分がいた。




たまには、こんな夜があってもいい。




<終>



2007年5月30日






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