パラレルSS< Bar Third >
<Bar Third の風景 〜scene 4 〜>
「あいつら、どうしたかな・・・・。」
その日、薬師寺は、営業前に仕込みをしながら呟いた
茂野たちが最後にこの店に来たのは、もう何週間も前だったか。
初めて大きなクライアントのプレゼンに参加できることになったと、
この店でうれしそうに祝杯をあげる彼らを思い出し、薬師寺は自然と笑みがこぼれた。
その後、何日も事務所に泊まりこんで準備していたはずだ。
(全く・・・もう少し、静かな上客の多い店にしたかったんだが・・・)
そう思いながらも、あれから、時々店に出入りするようになった彼らの話を聞くのは嫌いではなかった。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日はいつもにも増して忙しい。
常連の紳士が酒談義をはじめてしまったため、おのずと会話にも加わることになり、
頭もフル回転させながら、手を休めずに次々とグラスを満たしてゆく。
「へえ、やっぱり本場の味は違いますか・・?行って見たいなぁ。スコットランド・・・。」
珍しく、佐藤寿也が、楽しげに話の輪に加わっていた。
話題に上ったシングルモルトを試したいというので、薬師寺は、少し驚きながらも、
とっておきのものを用意した。
普段、ウイスキーをストレートで飲む客ではない。
寿也はハイペースでそれを飲み干し、やがて他の客が帰って一人になっても、
いつもとはまるで違う陽気な口調で、薬師寺相手にとりとめのないないことばかり話していた。
_____今日は上機嫌ですね、佐藤さん。
「まあね。だってとても大きな契約がとれたんだよ。プレゼンでは劣勢だったのに、やっぱりうちの
会社はやることが汚いからさ。逆転サヨナラってゆーのかな?」
いくらなんでも、自分の会社をそこまで言うのだろうか?
薬師寺はハッとしてカレンダーを見た。
吾郎たちのプレゼンが終わったのは確か・・・・。
そろそろ、結果が出る頃の筈だ。
目の前の寿也は、うな垂れたまま小さくつぶやく。
「嬉しくて・・・涙がでそうだよ・・・・。」
いつもは上品に、一人静かに飲む寿也が、こんなにも荒れているのだ。
やはり、プレゼンで競合していたのは、茂野たちだったに違いない。
「クライアントからは、一度断りがあったんだ・・・・。新規の・・小さな事務所に決まったって・・・。
負けても仕方ないと思ってたのに・・・・。
結局うちが取った・・・・。こんな出来レース、もう嫌だ・・・・。」
打ちひしがれたその姿に、薬師寺の心も痛んだ。慰めの言葉のかわりに、
美しいグラスにビターを少し滴らせたチェイサーを差し出した。
「・・・すみません。・・・・全部、聞かなかったことにしてもらえますか・・・?」
ほんのりと苦味のある冷たい水で落ち着いたのか、急にいつもの寿也に戻ったようだ。
それでも、一度溢れた気持ちというのはは急に止められるものではないのか、淡々と寿也は語り続ける。
薬師寺はそっと、それは、以前お話していた大切な方ですね、と微笑んだ。
「僕は・・・・彼が独立するとき、一緒に行きたかったんだ。いつか、追いかけたいと思っていたけど・・・・
こんな形で彼の仕事を奪ってしまった以上、もう・・・・」
「俺はこの程度で負けやしねーよ、寿也。」
突然自分の名を呼ばれた寿也がまさかと思いながら振り向けば、
そこには満面の笑みをたたえた茂野吾郎の姿。
「どうして・・・ここに?」
「まぁな。心優しい誰かがメールをくれたのかもな。」
そういってチラリと自分を見た吾郎に、薬師寺は少し眉をひそめてみせた。
「俺・・・・お前は海堂に残るほうが幸せだと思ったんだ。でもさ・・・・」
吾郎はカウンターに座ったままの寿也に歩み寄ると、頭をクシャクシャっと撫でるやいなや、
その広い胸にぎゅっと抱き締めた。
「やっぱ俺、お前いねーとダメだ。」
寿也は驚きのあまり声を失った。だいぶ酔ってはいたが、それでも理性が働いたのか、
慌てて吾郎から離れるように立ち上がった。
吾郎は悪びれもせず、もう一度寿也に近づくと、真っ直ぐに彼を見つめて、右手を差し出した。
「海堂じゃできない広告、作りたいんだ。一緒に、やってくれるか?」
「・・・吾郎くん」
今までずっと張り詰めていた糸が切れたように、寿也ははらはらと涙をこぼした。
そしてその右手は、しっかりと吾郎の手を握り返していた。
「茂野、ほんの少し、店をあけてもいいか?タバコの在庫が切れたから買ってくる。」
気をきかせた薬師寺が、カウンターからでて扉の前にいた。
「棚の酒、勝手に飲むなよ。」
「ば・・・か。飲むかよ!」
「・・・・大丈夫ですよ、見張ってますから。」
思わず寿也も笑顔になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(やれやれ・・・・)
薬師寺は店の看板の照明を落とし、「CLOSED」にすると、
ビルの階段の下でタバコに火をつける。
そして、ポケットから携帯を取り出した。
何回か呼び出し音が鳴ると、もう二週間も大阪へ出張中の恋人の声がした。
______どうした?まだ営業終わってないんだろ?
急に、お前の声、聞きたくなったんだ、と言ったら、きっとまた眉村は怒るだろうか?
それでも、久しぶりに聞く彼の声に、薬師寺は自分でも知らず知らず、優しい顔になっていた。
「そっちはどうだ?出張から帰るのは明後日だったな?」
________いや、実はもう、東京だ。
「え?」
________メドがついたから、最終の新幹線で会社に戻った。もう少ししたら、タクシーで帰る。
「・・・バカ。そんな無理しなくてもいいだろ・・・?」
言葉とは裏腹に、うれしさで胸の奥のほうがざわめいていた。
(早く、お前に会いたいよ。)
素直にそう思った。
ゆらゆらと立ち上るタバコの煙が、今夜は不思議と、美しく見えた。
<END>
以下は、後記です。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
薬師寺くんのお店を舞台にした吾郎と寿也のパラレルでしたが、いかがでしたでしょうか?
完全な捏造設定、趣味に偏った内容なので、お付き合い頂けただけで恐縮です。(汗)
実は、この風景シリーズの設定は、「ときめき日記」のcenca様に
多大なご協力をいただきました!
・・・いえ、協力というよりむしろ生みの親!!
cenca様、本当にありがとうございました☆
2007年7月25日
|