<ダイヤモンドリングに誓う日> むつみ
その夜、登板のなかった眉村は薬師寺のマンションに来ていた。 デーゲームを終えて帰宅した彼と、軽く酒を酌み交わしながら夕食を取り、 リビングのソファでくつろぐ。
テレビに流れる映像を見た薬師寺が言った。
「お前、日食見た?」
先日、46年ぶりとやらの皆既日食があった。 あいにくの曇り空や雨空の中、日本中、いや、世界中が空を見上げたという。
「曇り空だったからな。あまり気にしなかった。」
その日、地方球場でのナイターを控えていたエース投手は、登板準備に余念がなかった。 そりゃそうだ、と苦笑する薬師寺に眉村が同じ問いを返すと、
「うちの球場は屋根があるんだよ。見えるわけねーだろ」
彼はいたずらっぽく笑った。
その日の世界の動きを取材したドキュメンタリー番組は続き、 雲の上、つまりは飛行機の中から捉えた映像が流れた。 神秘的な光の輝き___ダイヤモンドリングと呼ばれる現象だった。
漆黒の闇に包まれる刹那。 恐怖さえ感じるというその漆黒の中で、 まばゆいばかりの光の輪から、強烈な輝きが現れる。
テレビ画面を通してとはいえ、 大いなる宇宙の法則により、人類に与えられた一瞬の美しさに、二人とも息を呑む。
「・・・・すごいな・・・。」 「ああ。想像もつかない。」
たった数分間の奇跡に、恋人たちが愛を誓うのも当然か、と 珍しく眉村が気障なことを考えていると、何を思ったのか薬師寺が立ち上がる。
程なくして別室より戻った彼は、再び眉村の隣に座り、部屋の明かりを消した。
「・・・おい。」
いぶかしげな眉村の目の前に、薬師寺の手が差し出された。 いや、正確には薬師寺の指先か。
少しずつ暗闇に慣れた目に、指輪が見えた。 リングに埋め込まれた小さなダイヤは、窓から僅かに差し込む外の明かりでさえ反射する。
「何だこれは。」
「さっきテレビで見ただろ?女物じゃないからあんなに大きな石じゃねぇけど。」
「は?」
「婚約指輪だ。今度は俺からプロポーズさせてくれ。」
「・・・薬師寺?」
「いつか渡したい、と、ずっと思ってた。誓いの言葉は、お前に先を越されたから、今日は俺がかっこつける番だ。」
薬師寺の口から照れもなくこんなセリフがすらすらと出てくることは、別に今に始まったことではない。 そんな恋人に口付けられて、成すがままの自分もまた、その心地良さから離れられない。
なにげない触れ合いが、かけがえのないものになっていた。
こんな日がずっと続くのだろう。 やがて再び巡り来るダイヤモンドリングを、共に見上げる日まで。
<終>
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