<冬の珍客 2>

 



「__はい。では次のパーキングエリアに入ります。よろしくお願いします。」

携帯で警察とやり取りしていた寿也が軽く会釈をして電話をきった。
どうやら大事にはならない様子だ。
運転席の薬師寺は前方を見据えたまま話しかけた。

「家族と連絡ついたのか?」

ほっとした寿也が答える。

「うん。大丈夫。とりあえず次のPAで地元の警察が引き取ってくれるって。」

「よかったなぁ!えっと・・・あずさちゃん、だっけか?すぐパパたちに会えるぜ」

少女を膝の上に乗せた吾郎が優しく声をかけてやったが、
まだ涙目の彼女はすっかりおびえきったまま
返事もしなかった。
まだ7歳の小学生が、急に見知らぬ男四人に囲まれているのだから無理もない。
一方の男共も、年端も行かぬ娘の扱いなど知るはずもなく、
車内はしんと静まりかえる。

なんとも気まずい空気に耐えかねて、寿也が機転をきかす。

「そうだ、お菓子・・・食べる・・・?」

目線を上げずに、少女はこくん、とうなずいた。
やれやれ、と幾分安堵した寿也が足元の荷物をゴソゴソとかき回し、
チョコレートを取り出した。
その拍子に、練習用に持ってきたボールがひとつふたつ、
バッグからこぼれ落ちる。

「オジサンたち・・・野球するの?」

ボールを目で追いながら、ようやく少女が口を開く。

「ま、まあね・・・てか、さっきから気になってんだがそのオジサンってのは・・」

吾郎のぼやきを聞こうともせず、あずさが言い放った。


「あたし、野球嫌い!!」


チョコレートを手にして気分が落ち着いたのか、
きっぱりと言い切る彼女の正体はどうやら気の強い女の子らしい。

「な、なんだ?」

吾郎も寿也も、先ほどまでこの世の終わりの如く泣き喚いていたとは思えない様子に面食らう。

「だって、野球があるとミニまるこちゃんも、アサリさんも見られないんだもん。」

どうも彼女の両親はどこかのチームの熱烈なファンらしく、
シーズン中は週末のテレビが野球一色になるらしい。

「しょうがないよ。試合はリアルタイムで見たほうが・・・」

「特に、巨仁が嫌い!!」

「な・・・!」

「このあいだ、「さとう」って人がキュウジからさよならほーむらん打ったって、パパとママが怒ってた」

フォローする前に徹底的に叩かれてしまった寿也の笑顔が引き攣る。

「毛嫌いする割にはよく知ってるな」

眉村の真面目な分析に、薬師寺が必死で笑いを噛み殺している。
そして、ある意味褒め言葉だろ、とからかうと、寿也がムッとして口を尖らせた。

チョコレートを口いっぱいにほおばりながら、あずさは続ける。

「長いし・・・ルールもわかんない。つまんないんだもん。」

子供は正直だ。
だがあまりにも可愛げのない言い方をされて、
薬師寺の疲れが増す。

「こら、いい加減にしねぇと怒るぞ。」

「なんで!?だって嫌いなもんは嫌いなんだもん!」

「あのなぁ俺たちはな・・・」

薬師寺が思わず自分たちがプロ野球選手であることを言いかける。
すると吾郎がけらけらと笑い彼女の頭をぽん、と撫でた。

「いいじゃねーか!無理に好きになることないぜ。」

「ほんと?」

挑戦的な瞳で薬師寺を睨んでいたあずさが、大きく目を見開き吾郎を見上げた。

「ああ。」

「じゃ、野球なんてこの世から消してくれる?」

「は?」

とんでもない質問に、運転席の二人も思わず振り返る。

「さっき、そう言ってたじゃない?ぶっ壊すって」

先ほどの無邪気な問いかけを思い出し寿也が噴出す。
困惑する吾郎がしきりに鼻を掻いてたどたどしく答えた。

「え・・あ・・意味が違うっつーか・・・・そりゃちょっと、無理だな。」

「どうして?」

薬師寺と眉村が見守る中、真っ直ぐな視線は、吾郎と寿也を捉えて離さない。

「うーん・・・そうなると僕たちちょっと困るんだ・・・」

「こまるの?」

「俺たちは野球が大好きだからさ。」

「じゃあなんで壊すって言うのぉー?」

少女がむくれる。悪びれもしない吾郎が笑う。

「あっはっは悪ぃ悪い。ぶっ壊したいくらい好きなんだ。」

「わかんない!」

「でもさ・・・やっぱり野球はこのままでもいいかな?」

ほっぺたを脹れさせてすねる少女に、寿也が言った。

「僕たちにとって大事なものなんだ。あずさちゃんだって好きなことが無くなったら嫌だろう?」

寿也の大きな瞳に優しく見つめられ、彼女は思わず顔を赤らめる。

「ごめんなさい・・・・・・」


渋滞の中ゆっくり進む彼らの車が、ほどなくしてパーキングエリアに着くまで、
少女はおとなしく座っていた。




  ◆◇◆      ◆◇◆





「もうすぐ親御さんが到着しますから、少し待っててもらえませんか?
先方もお詫びしたいと言っていますし・・・」

「いえいえ、どうかお気遣いなく。俺たちも急ぎますから。」

あまりコトを大きくしたくないのが本音だった。
少女を引き取った温厚そうな警察官の懇願を、
薬師寺がやんわりとかわす。

不思議な珍客との時間は終わろうとしていた。
なんとなく名残を惜しみながら、男たちはおてんばなレディに
恭しく別れを告げるのだった。

「もう車を間違えちゃだめだよ?」

「お父さんたちにちゃんと謝るんだぞ」

「うん!オジサンたち野球の練習がんばってね!」

「だから<オジサン>はやめろっつーの!」

「きゃー!」

今度はパトカーに乗れることがうれしいのか、
すっかり元気になったあずさは吾郎の威嚇などもろともしない。

やれやれ、と安堵する寿也も薬師寺も、
少しだけ寂しい気持ちになっているのが不思議だった。

最後に眉村が歩み寄る。
強面の眉村に、少女は一瞬躊躇した。
しかし眉村は膝をついて子供の目線にあわせ、柔らかな笑みを浮かべる。
彼女も自然と笑顔を返す様子はなんとも微笑ましかった。


眉村は、怖い思いをさせてすまなかった、と言って、彼女に何か手渡した。

「・・・これ、くれるの?」

それは真新しい硬球。ずしりとした感触に、少女は興味深げだ。

「あ、じゃ、せっかくだからさ!」

とっさに寿也はペンを取り出し、そのボールにスラスラとサインをした。

「おにいさん、ボールに落書きしてる!いいの?」

「いいんだよ」

無邪気な問いににっこりと笑う寿也は、後の三人にも書くよう促す。
瞬く間に日本のプロとメジャーリーガーによる豪華なサインボールが出来上がった。

「これ、あげる。もしかすると、お父さんとお母さんにはナイショにしたほうがいいかもしれない」

少女はしばしの間、まだその価値のわからぬ宝と、いたずらっぽく笑う寿也を交互に見比べていた。
やがてニコッと笑うと元気な声でありがとう、と言った。




  ◆◇◆      ◆◇◆





一生懸命手を振る姿がリアガラス越しに小さくなる。
寿也が言った。

「あの子、いつか球場に来てくれるといいね。」

「そうだな。でもよ・・・」

「・・・何?」

「あいつ、俺たちのこと散々オジサン呼ばわりしながら、
寿のことだけ<おにいさん>って言ってなかったか!?」

吾郎が首をかしげる。すると、運転席と助手席からも賛同の声が。

「それは俺も気になった」

「納得いかんな。」


三人があまりにも悔しそうなので、
寿也はしばらく笑いが止まらなかった。



<終>








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40000hitキリ番リクエストでした!!

「赤ちゃんと俺たち」のような4人の楽しいお話」とのリクエストでしたので、
今度は小さな女の子とからませてみましたvvvv(いろいろとすみません!!)
サインボールは完全にワタシの願望です。(爆)
ちょうどサンデーで新展開をしている時でしたので、原作を全く気にせずに(笑)
のびのび書くことができました。楽しかったー!!
お気に召してくださるとうれしいです。
真夜月様 リクエストありがとうございました!!!



2009.11.3


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