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「花よりほかに」
auther 「君と一緒に。」natsuki様
取材の順番を、二人で待っていたときだった。
グラウンドに並んで植えられた樹の中で、一本だけ花の咲いた樹があり、
そこへ魅せられたように眉村は近づいていった。
「薬師寺、この花はなんて花だ?」
「ああこれは・・・河津桜だな。そうか、もう咲いてたんだな。」
「桜なのか? 普通はもっと後に咲くんじゃないのか?」
「この桜は早咲きなんだ。ソメイヨシノよりも早く咲いて、
桜にしては長く咲くんだ。」
「そうか。ずっとここに在った樹なのに、気づかなかった。」
「今まではゆっくり花を見る余裕も無かったんだな。」
眉村は少し眩しそうに宙を見上げると、目を細めながらじっと花を見つめた。
薬師寺は少し離れた位置で、その眉村を見ていた。
海堂の制服に袖を通すのは久しぶりで、
おそらくこれが最後になるはずだった。
卒業後の進路となるプロのキャンプはすでに始まっていて、
今日の卒業式のためにその地を離れ、ここへ戻ってきた。
式も滞りなく終わり、今は眉村と二人、グラウンドにいる。
この絆を確かなものにするために、
何か大切なことを言っておかなくては、と
薬師寺が言葉を探していた時、ふっと小さく笑みを零しながら、
眉村が呟いた。
「早く咲いて、長く咲く・・・か。」
「眉村・・・?」
「そう在りたいもんだな。これからは、プロの選手として。」
そう言って振り返った眉村の、
涼しげでありながら決意を秘めたような表情から、
目が離せなくなった。
約束などしなくても、
傍らにいるのが当たり前だった時間はとうに終わっていた。
これからどうやって共に過ごす時間を作り出したらいいのかと
焦る自分に対して、泰然としている眉村に、
薬師寺はざらりとしたものを感じた。
「眉村・・・っ、俺・・・!」
「これからは敵同士だな。」
ぴしゃりと突きつけられるように切り返されて、言葉の勢いを殺がれる。
それでも、今を逃したら二度と聞けないだろうと思った。
「・・・・・俺ら、これで終わりなのか・・・・・?」
「・・・ばか言え。離れていたって変わらないものは、確かにあるだろう?」
ふいと逸らされた視線の先には、佐藤がいた。
離れても。敵同士でも。
変わらぬ想いを貫くものとして、彼は常に凛として在り続ける。
卒業証書の入った筒をバットのように持たされて、
数多く居るカメラマンの要望に応えながら、
洪水のようなフラッシュの中で、たおやかに微笑む姿。
「・・・・・そうだな。」
「根本は変わらない。表面の形が変わるだけだ。」
「海の向こうよりは近い・・・か。」
眉村の持っている硬質な雰囲気が、
この先も決して揺るがないだろうということを伝えていて、
ひとり焦って、尖っていた気持ちが和らいでいく。
「・・・いつかまた、一緒に野球やりてえな。」
「すぐだろ。交流戦、打ち取ってやるから楽しみにしとけ。」
「お、おう。」
佐藤が一礼をして、下がろうとするのが見えたのと同時に、
眉村に声がかかった。
行きかけて、足を止め、振り返った眉村はとても柔和に笑っていた。
「薬師寺。ちやほやされて、気抜いてんじゃねーぞ。」
「・・・お前もな。」
どちらからともなく拳を差し出して、突き合わせる。
去っていく時に見せた眉村の横顔が、少しだけ寂しげだったのは、
気のせいではないだろうと、薬師寺は思った。
それでも背すじを伸ばして前を見据えながら歩いていく後ろ姿を、
美しいと思った。
眉村が魅せられた桜。
その、わずかに濃い桜色を目に焼き付けておきたいと、
薬師寺は万感の想いを抱いて振り仰いだ。
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「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」
前大僧正行尊・小倉百人一首66番
現代語訳
わたしがあなたをしみじみいとおしいと思うように、
あなたもわたしを、しみじみいとおしいと思っておくれ、山桜よ。
花より他にわたしの心を知る人もいないのだから。
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<終>
桜がお好きなnatsuki様。
ワタシが冗談で、「さくらとやくまゆー」なんておねだりしていたら、
本当に書いて下さいました!!
おりしも、アニメジャ4th薬師寺くん登場の嵐の中。。。
もう、何度読み返したかわかりません。。。。
真っ直ぐで強い眉村と、ひたむきな薬師寺。
背景にあるゴロトシの風景。。。
桜の前で佇む二人の間の空気が澄んでいて、どこまでも美しいです。
河津桜のごとくありたいと言った眉村の決意に、
彼らしさを感じて胸が熱くなりました。
文中にはっきりとは表れない、二人の絆の強さはいかほどか・・・。
薬師寺の片想いなのか。
甘い関係なのか。(だとしたら、薬師寺が思う桜色は・・・)←こら
または・・・・・。
もしかすると、和歌にこめられた心情は、互いにまだ片想いだと思い込んでいる
眉村の気持ちなのかもしれません。
解釈次第で、いかようにも捉えられる、味わい深い素晴らしいお話を
本当にありがとうございました!!
ええーんnatsukiさぁーん(嬉し泣)
むつみ
2008・3・6
*背景の写真は本当に河津桜です。綺麗ですよね。
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