<SSS 風を切って>
「ちゃんとつかまらないと落ちるぞ」
ペダルを漕ぎだす直前、眉村がぶっきらぼうに言った。
「ばぁか。そんなバランス感覚悪くねぇぞ。」
だがほどなくして、薬師寺は自分の言葉を悔やむことになる。
「おまえ・・・そんな本気で・・・」
二人乗りだというのに、ものすごいスピードで走る自転車。
すれ違う人々が振り向くくらい、風を切って走る自転車。
小さな段差で、大きく自転車が揺れた時、
薬師寺はとうとう、眉村の腰に手を回した。
至近距離に、彼の背中と、すこし汗ばんだうなじ。
制服のシャツ越しに伝わるぬくもりに、ドキリとする。
川沿いに伸びる道はただまっすぐで、
青々と茂る岸辺の草が、風にたなびいている。
夕方だというのに、空はまだ明るく、
雲が朱に染まる気配はない。
「・・・どうせなら、向こうの橋渡って帰ろうぜ」
回り道を提案したのは、思わず火照ってしまった自分の顔を、
初夏の風が冷ましてくれるまでの時間稼ぎ。
・・・・たぶん、それだけ。
<終>
2008・4・25
back to novel menu
|
|
|
|