祝・2008年ライオ○ズ日本一記念SS
薬師寺くん、おめでとうv
「輝く君に」
秋季キャンプ地である沖縄は、横浜に比べたら日が長い。
眉村が練習を終えてホテルに戻ると、日本シリーズの試合開始まで、あまり時間がなかった。
第七戦までもつれ込んだ今年の日本一決定戦は、泣いても笑っても、
今日の試合ですべてが決まる。
「眉村さん!最終戦見るならあとで五階に来て下さいよ!待ってますから!」
若手の後輩野手に声をかけられたので、二つ返事をすると、眉村は足早に階段を上がった。
道具の手入れをしてから眉村がミーテイングルームに入ると、試合は既に始まっていた。
思えば去年の今頃は、薬師寺と二人で静かに過ごしていた。
自分は肘を故障していたし、彼のチームも二十数年ぶりのBクラス転落だったから、
全日程が終了するとすぐに、二人で温泉地の別荘に出かけたのだった。
一年前、木々に囲まれた邸宅のソファで、
寄り添いながらクライマックスシリーズを見ていた恋人は、
今年は日本一をかけた最終戦に連日スタメン登録されている。
その後秋季キャンプに合流した薬師寺や、その年の日本シリーズの様子を
どこか他人事のようにテレビで見ていた眉村も、
今年は若手のチームメイトたちと共に、固唾を呑んで勝敗の行方を見守っている。
今期チームは最下位だったが、眉村は二度目の最優秀防御率のタイトルを手にすることが出来た。
二人にとって、今年は華やかな野球シーズンだったと言っていい。
テレビ画面に大きく映される恋人は、リラックスした様子で、仲間と声を掛け合っていた。
堂々とこの晴れ舞台に挑む姿が誇らしい。
白熱したゲームは、最終戦にふさわしい緊迫感に溢れている。
横浜の選手たちも、一つ一つのプレーに手に汗握り、
賞賛と罵声の入り混じった声援を送っていた。
試合は僅差のまま、終盤でライオンズが逆転した。
9回裏ツーアウト。
最後のバッターの打球が、勢いを失って薬師寺のグラブに収まる。
彼がゆっくりと一塁へ送球すると、その瞬間、試合が決まり、場内は歓声に包まれた。
喜びに沸くライオンズブルーの選手たち。
鮮やかな空色のユニフォームが、まぶしいほど輝いている。
薬師寺は次々と盟友たちと抱き合い、もみくちゃになっていた。
その姿を見届けると、眉村はワイワイと騒ぐチームメイトたちを残して、
自分の部屋に戻った。
ドアを閉めて、部屋のテレビをつけると、各局のスポーツニュースが
かわるがわる、優勝チームの映像を流していた。
それを横目に、眉村はふと、携帯を取り出した。
メール画面を開き、ジッと見つめた先は、昨日の夜届いた、恋人からのメール。
__ここまできたら、日本一になってやるから見てろよ!
ご丁寧に絵文字までついた文面を眺め、
祝いの言葉だけでも言ってやるかと思い、通話ボタンに指を伸ばす。
だが、眉村はしばし考えこむと、結局電話をかけることをあきらめた。
きっと彼は今頃、歓喜の中で慌しく過ごしているに違いない。
その時だった。
手の中の携帯電話から着信音が鳴り響き、ブルブルと振動した。
画面に表示された恋人の名に驚いて電話にでると、
受話器の向こうから騒がしい様子と共に、明るい声が聞こえた。
「よう、見てたか?勝ったぜ!」
「・・・・ああ。おめでとう。こんなことしてていいのか?」
「ビールかけが始まる前に、お前の声聞きたかった。」
「・・・・全国放送であまりハメをはずすなよ・・・。」
悔しいが自分のチームは近年そんな騒ぎとは縁がないので、
思わずクギを指していた。
相変わらずのストレートな愛情表現に対する照れもある。
「ふん!お前も経験してみたらわかるって。アレ最高だぜ?」
電話越しの声はとても楽しそうだ。
リーグ優勝、クライマックス制覇と続き、今期3度目の酒宴だ。
だいぶ慣れたけどな、などと調子にのっているが、やはり今日が一番うれしいのだろう。
時折ライオンズのチームメイトの、彼をからかうような声が聞こえる。
薬師寺が、小さな声で彼女じゃないですってば、と言い訳している。
話には聞いていたが、とても雰囲気の良いチームらしい。
眉村は、雌雄を決した瞬間の、歓喜に溢れる薬師寺の表情を思い浮かべた。
「甲子園で優勝した時よりも、うれしそうだったぞ。」
「ああ!?・・・そ、そんなことねーよ!」
薬師寺は否定するが、きっと図星に違いない。
眉村は少し意地の悪い自分に苦笑した。
プロ入りして何年か経った頃、成績の話になったことがあった。
その時、「俺はタイトルより、優勝が欲しい」と言った彼の言葉を、
ようやく理解できた気がする。
名門海堂出身といえども、プロの世界で第一線にいることはたやすいことではない。
不振に泣いて二軍落ちも経験した。
ようやく調子が出てきた時に、コーチや仲間の支え無くしては有り得なかったと喜んでいた薬師寺。
高校時代、約束されていた甲子園での優勝よりも、
ずっと苦労して手に入れたプロでの栄冠に、今彼が酔いしれるのは当然なのだ。
「なあ眉村。アジアシリーズもあるから・・・またしばらく会えないな。」
「だからなんだ。ちゃんと優勝して来い。」
「当たり前だろ!?」
眉村はクス、と笑った。
電話の声が、<恋人>から、急に、<ライオンズの薬師寺>に切り替わったからだ。
いつか自分も、という思いは、言葉にはしなかった。
先ほどから何度も見せつけられる、恋人の最高の笑顔に少しだけ嫉妬したから。
「痛めた脇腹は大丈夫なのか?」
「ああ。たいしたことねぇよ。」
「朝まで飲み歩いて、おかしなことするなよ」
「バーカ、そんなこと・・・するかもしれねぇ。なあ、今日はいいだろ?」
「勝手にしろ。」
眉村は笑って悪態をついた。今夜は心行くまで楽しめばいい。
正直、少しだけ寂しいけれど。
電話を切る前に、眉村はもう一度、心から祝福の言葉を伝えた。
ありがとう、と言う薬師寺の声が、少し震えたような気がした。
<終>
いつか、一緒にビールかけできたらいいねv そして遠い未来、どちらかが先に引退するときは、二人が同じチームだといいねv (夢見る自由をお許しください)
2008年11月11日 (12月9日再録)
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