セパ交流戦に思いを馳せて
「戦友」
セリーグとパリーグの交流戦も、すっかり恒例となった、
ある年のことだった。
横浜マリンスターズ対東武ライオンズ。
互いのチームが日本シリーズに出場しない限り、
年に4カードしかない組み合わせだが、
偶然にも眉村は毎年先発していた。
初めて本気で対戦したときは、なんともいえない気恥ずかしさに、
お互い苦笑するような感覚があった。
だが、年数を重ねてゆくうちに、意外にも、
恋人と対戦することは密かな楽しみとなっていた。
薬師寺がヒットを重ねる年もあれば、眉村が完封する時もあった。
ホームで相手を迎えることになった今日、
早々と球場入りした眉村はいつになく調整に余念がなかった。
「よお。」
打撃練習を終えた薬師寺が、ブルペンに向かう眉村のところにやってきた。
待ち構えていたマスコミが、同級生対決に華を添える。
クールな割には、愛想よくインタビューに応じる薬師寺と、
相変わらず静かな眉村の対比が面白いのか、
何度もフラッシュが光った。
「ここでのデーゲームは久しぶりだ。」
いくつかのテレビ取材が終わると、薬師寺は大きな看板のバックスクリーンを見つめながら、
懐かしそうな顔をした。
眉村にとってはホームグラウンドでも、薬師寺にとってこのマリンスタジアムは、
プロでの経験よりも高校時代の思い出のほうが深いらしい。
少し曇りがかった空を見上げて、薬師寺が言った。
「雨、降らねぇといいな。交流戦用の復刻ユニフォームが汚れるのは洒落になんねぇ」
雨嫌いを装っているが、先発する自分を気遣っていることも
眉村には理解できた。もう、何年も傍にいる。
「あの時も、雨で中断したな。」
「ああ。」
高校最後の夏。神奈川県大会の準々決勝。
自分たちの行く手を大きく阻もうとした、茂野吾郎との死闘が、脳裏に蘇っているのだろう。
負傷しながら、必死で投げきった茂野吾郎は、今ではりっぱなメジャーリーガーとして
海の向こうで華々しく戦っている。
レフト方向を見つめながら、よく覚えているもんだよなぁ、と苦笑する薬師寺は、
いつも優しく自分を抱き締める恋人ではなく、元チームメイトの顔をしていた。
ユニフォームは違えども、薬師寺と共に同じ球場に立つのは久しぶりで、
眉村も思わず、あの頃共に戦った日々に戻ってしまったような気がした。
だが、今日は倒すべき対戦相手である。
初回から塁に出すとやっかいな、相手チームの一番打者である。
眉村は、いつになく心躍るような緊張感に包まれると、
容赦しないからな、と、薬師寺を睨みつけた。
望むところだ、と不敵に答えた薬師寺は、帽子を深くかぶりなおして言葉を続けた。
「こっちが勝ったら中華街でメシおごれよ!」
「かまわん。受けてたとう。」
間髪入れぬ眉村の返事をきいた薬師寺はニヤリと笑うと、
軽やかな足取りで三塁側ベンチに戻って行った。
その後姿に、懐かしい高校時代のユニフォームが一瞬だけ重なり、すぐに消えた。
試合開始時刻を告げる場内アナウンスが、初夏の風とともに、
スタジアムに響き渡った。
<終>
その夜の二人のデートを妄想するとまた楽しいですv
2009年6月2日
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