「レンズ越しの瞳に」 空港の駐車場は思ったより混んでいて、車を止めるのに 少し時間がかかってしまった。 (人も多いし、やっぱり、必要だよね・・・?) 車から降りようとした寿也は、もう一度座りなおすとダッシュボードを開けた。 黒く細長いケースを取り出すと、中から小洒落た眼鏡があらわれた。 はっきりとした黒いフレームの横には、さりげなくロゴがついている。 「まったく誰だよ、プロ野球選手なんてユニフォーム着てなきゃ誰だかわかんない、なんて言ったのは・・・」 恋人と堂々と出かける薬師寺があっけらかんと言ってのけた言葉を思い出し、苦笑いを浮かべた。 それは佐藤寿也にはあてはまらなかったからだ。 甲子園時代から注目され、ルーキーイヤーに怒涛の活躍。 おまけにこの容姿ときては、世間のおば様たちがほおっておくはずがない。 所属チームのおかかえテレビ局を筆頭に、ワイドショーや女性週刊誌は連日のように 寿也を追いかける。 気がつけば私服姿でテレビに映る回数が増え、 ちまたで流行の「なんとか王子」の仲間入りをしてしまった。 せっかくのオフシーズンだというのに、外出もままならない寿也をみかねて、 真面目な顔で、変装したらどうか、と言ったのは眉村だったが、 寿也が人の多い場所に行かなきゃ大丈夫さ、と言って笑い飛ばしたのは先週の話。 「でも結局、買っちゃったんだよね。」 ・・・今日のために。 寿也は苦笑しながら、眼鏡をかけてみた。 「なんか、久しぶりだなぁ。」 幼い頃かけていたメガネとは違う、 細身のスクエアデザインは、寿也の知的な雰囲気によく似合う。 洒落たデザインが目を惹くせいか、だいぶ、印象が変わった。 足取りも軽く、寿也は到着ロビーへと急ぐ。 人目を避けるために用意したキャスケット帽を、目深にかぶっていた。 発着を知らせるアナウンスの音、大きな荷物を持って行きかう人々。 意外にも、誰も自分には気付かない。 それは久しぶりに味わう、心地よい開放感だった。 到着客が出てくる扉の前。 長旅の疲れと、安堵の色が入り混じった表情の人々の中に、吾郎の姿を探す寿也。 せわしなく開け閉めを繰り返す自動ドアを、身を乗り出して見つめていたら、 後ろから手が伸びてきて、寿也の帽子を剥ぎ取った。 「あ・・・何を・・・」 頭に手をやりながら、焦る寿也の耳に届いたのは、ずっと聞きたかった声音。 「よお、寿!」 「吾郎くん!?」 振り向いた寿也を見て、吾郎はうれしそうに、俺、あっちの出口から出てきたんだぜ、 ともう一つの扉を指差して笑った。 「シーズンお疲れ様!」 「お前もな」 軽く握手して、微笑みあった。 空港で夕食をとった時には夜の10時を過ぎていた。 薄暗いパーキングは既に閑散としている。 寿也の車に乗り込んだ吾郎は、大きく伸びをして背もたれの体を預けた。 「わざわざ迎えに来てもらってわりいなぁ、寿。でも子供じゃねぇんだから、一人で帰れるっつーの」 「何だよそれ!」 吾郎の天邪鬼が相変わらずなら、わかっていながらムキになってしまう寿也も相変わらず、である。 「全く、人がせっかく変装までして駆けつけたのに」 「変装?って、ああこれか。」 そこで初めて、吾郎は寿也の眼鏡に気付いたようだった。 「そういえば、初めて会ったころお前メガネしてなかった?」 「へぇ、吾郎君にしてはよく覚えてるじゃない?」 「あれ、学級委員みたいだったよなあ。これもおんなじか?」 吾郎は笑いながら、寿也の眼鏡をちょん、と小突いてみた。 すると眼鏡が少しずり落ちて、寿也の小鼻のあたりで止まる。 「もうちょっと、他に言い方ないの?君が気に入らないならもうやめるよ。」 内心では、新しいアイテムを気に入っていた寿也がムッとする。 「しょうがねぇだろ?俺ファッションとか興味ねぇし。お前がなに着てようが何つけようが関係な・・・」 悪びれもしない吾郎は楽しそうに笑ったが、あらためて恋人を見つめ直すと、 急に言葉に詰まってしまった。 ずれたレンズの上部からこちらをのぞく、上目遣いの視線。 少し尖らせた口元と、拗ねた瞳が吾郎を捉える。 それは、可愛らしさと妖艶さが交錯し、なんともいえぬ魅力に溢れていた。 抗うことができない吾郎は息を呑んだ。 寿也は、もういいよ、といいながら、フレームに手をかけた。 その右手は、吾郎に掴まれる。 「いや、しばらくそれつけてていいぜ。」 吾郎はそのまま、そっと眼鏡を元の位置に戻し、レンズ越しに綺麗な瞳を覗き込む。 少し驚いて、こちらを見る眼がまあるく見開かれる。 「でも、人もいないしもう必要な・・・ん・・・!!」 奪われるようにして、唇が重ねられた。 時が止まる。 二人の声が飛び交っていた車内が、急に静まりかえった。 熱く、やわらかな感触。 海を隔て会えなかった時間を飛び越え、蓄積されていた互いへの想いが溢れ出る。 やがて口付けはどんどん深くなり、互いの背中にまわる腕は、優しく相手を包み込んだ。 「ただいま。」 「・・・おかえり・・。」 本当に言いたかったのは、会いたかった、という言葉。 それはとうとう声にならないまま、熱い吐息に変わっていた。 <終> わかばちさんよりいただいた、お絵かきバトンですv 指定は「寿也」と「眼鏡」 本来はイラストを描くバトンなのですが、 ssでもいいですよ、というお言葉に甘え、僭越ながら書かせていただきましたv ちなみにこのお話には続きがありまして、わかばちさんに捧げましたv どこかでなにかの機会にアップされるといいな!? わかばちさん、ほんとうにありがとうございました!! 2008 12・10 追記:このお話に、わかばちさんが挿絵をつけてくださいました!! コチラ からどうぞ!!! |