薬眉というか、眉薬風味というか・・・?
ちょっとファンタジーです(笑)




<薬師寺 猫になる>




目を覚ますと、俺は猫になってた。


自分の体がいつもにも増して、やけに軽く感じた。
起き上がって伸びをする、ん??伸び・・・。伸びしながら俺今
ニャーって言わなかったか???


洗面台によじ登り鏡を見ると、少し毛の長い黒い猫が、仏頂面をしてこっちを
見ている。


(・・・・・タチの悪い夢だ。寝なおそう。)


そう思った時に、運悪く同室の米倉に見つかった!
奴は猫が苦手なのか、俺を見たとたん、「人間の俺」を探して
ぎゃあぎゃあ言いながら部屋を出て行った。
ドアが開いたままだったので、俺はとりあえずそこから廊下にでてみる。



(こういうの読んだことあるな。カフカ、だっけか?それとも夏目漱石か・・?
人間、とんでもない状況になると意外と冷静になれるもんだよな・・・。)


などと思いながら、ついいつもの感覚で堂々と廊下の真ん中を歩いてしまったがために、
俺はあっという間に早乙女トレーナーに見つかり、外に放り出されてしまった。



(さて、どうしよう・・・。)



寮をでて、グラウンドの方向に向かってみる。
この期に及んで、今日の練習は無理か、などと考えていたら、
朝練に行く茂野と佐藤に出くわした。



「あ、みてみて吾郎君、黒い猫がいる!」
「んあ? ああ・・・。」
「興味ないの?かわいいじゃん。あ、巻き毛だー。人に慣れてるみたいだよ」


(慣れてるんじゃなくて人なんだよ俺。)

どうしていいかわからないのでとりあえず動かずにいたら、佐藤が近づいてきた。


「君、どうしてこんなところにいるの?どこからか逃げてきちゃったの?
 おなかすいてない?なにかもってきてあげようか?」


・ ・・相変わらずだな。こいつに慣れとけば、食べ物には困らないかもしれない・・・
_____て、それでいいのか俺!?


「寿ぃ!!はやく朝練しようぜぇ?」
「どうしたの?吾郎君、まさか猫にヤキモチやいてるとか??」


俺なんかには目もくれず、その場でストレッチしている茂野に、
佐藤がいたずらっぽい顔で笑いかける。


(・・・・・。)


朝からあてられるのはたまったものじゃない。
もう猫のことなんか忘れたようにじゃれあう奴らの声を
後ろにききながら、さっさとその場をあとにする。



本音を言えば、奴らをうらやましく思わないでも、ない・・・。
俺は密かに想う相手のことを考えてみた。
まあそんな片思いも、猫の姿じゃますますどうにもならないが。



(それにしても、どうしたらいいんだ・・・・。)

木に登ったり、塀の上を歩いたりして、少しだけ猫になったことを楽しんではみたものの、
このまま一生この姿なのはとてもじゃないがやりきれない。

(なんとか元にもどらねぇかな。まあ、一晩寝たらまた戻ってるだろ?
 あれ、俺って意外と前向きか!)
 強がってみても、かえって空しくなるばかりだった。



(そういえば、本当の俺は今行方不明なんだろう。
 元に戻れても罰則もんだ。
 誰か騒いでなければいいが・・。)

気になってまた寮の方に向かっていくと、見覚えのある後姿が目の前に現れた。


(あ、眉村・・・・)



気配に気づいたのか、眉村がふりかえり、目が合った。



(・・・そんなに睨むなバカ。)


怖いくらいの視線から目をそらせずにいると、
フッと奴の顔がほころんだ。
こちらに近づいてしゃがみこむと、眉村はじっと俺を見て、
少し首をかしげる。



「薬師寺・・・・」

(!!!)

「・・・・の、猫って、お前か?」




(・・・・・・だよな・・)

まあ、これが現実ってやつだ。


眉村を見上げると、今まで見たことのないようなやさしい顔で、
「お前の飼い主、知らないか?朝からいないんだ。」
と言った。

(飼い主って、俺か?・・・・もしかして、探して、くれたのか・・・。)


なんだか少しうれしくなって、気がつくとニャーと鳴いてる自分に気がついた。
何やってんだ?俺・・。



急に体がふわっと宙に浮いた。いや、浮いたんじゃなくて、眉村に抱き上げられたんだ。
予期せぬ事態にかなりあせり、ジタバタする俺を、
アイツはジャージの中にすっぽりおさめてしまった。
俺がやっとのことで、襟もとから首をだすと、目の前にはこちらを覗き込む眉村の顔が。


(・・・・!!!)

こんな間近で、見つめられたことなんてなかったから、
急に胸の鼓動が早まるのがわかった。
眉村はそんな俺の頭をくしゃくしゃっと撫でると、
ぐいっとジャージに突っ込んだ。


「悪いが顔をだすな。窮屈だろうが、みつかるとまずい。」


俺は眉村のジャージとシャツの間の空間に無理やり押し込まれ、
そのまま何処かへ運ばれる。
Tシャツ越しにかすかに聞こえるアイツの心臓の音と、
歩くたびに揺れる動きがなんとも心地よくて、しばし時を忘れそうになる・・・。



(あったかい・・。猫になるのも、悪くない・・な・・・)



着いた先は、眉村の部屋だった。眉村は二段ベッドの上段に上がると、
俺をベッドの中にそっと置いた。
そして、頭から背中にかけて、やさしく撫でながら、
「おとなしくここで待ってろよ?」
と言った。

俺は半分眠りかけていたので、されるがままだった。


「薬師寺はどこからお前を連れてきたんだ? あいつ、やさしいからな。ほっておけななかったんだろう・・・。でも米倉は猫が嫌いだからな。大騒ぎしてたくらいだから、残念だが仕方がない。
あいつが帰ってきたら、新しい飼い主探してやるか・・・。」


(・・お前、・・・・猫相手だと、けっこう素直にしゃべるんだな・・・
 そんな奴かな、とは思ってたけど。)


普段は人を寄せ付けないほどクールに振舞ってるが、いつも強がってばかりじゃないんだろ?
俺は、自分の恋心が芽生えた頃を思い出しながら、
とりとめのない話をする眉村の声を静かに聞いていた。




そのうち、とうとう眠気に勝てなくて、本当に眠ってしまった。


一瞬、お前、薬師寺に似てるよな、と言った眉村の声が聞こえたような気がした・・・。






        




目が覚めると、部屋には俺一人。皆練習にでていて、寮には誰もいない時間だ。体を起こしてみると、いつもの感覚。あわてて鏡をみると、Tシャツとジャージで昨日寝たときのままの自分の姿。



「元に・・・戻った・・・!!!」



へなへなとその場に座り込み、思わずははは、と空笑いしてみる。

(恐ろしく変な夢だったな。朝から疲れたぜ・・・。)


安心したのもつかの間、こんなことしている場合ではない!急いで練習に、と、身支度ししようとしたら、ここが自分の部屋ではないことに気がついた。


「眉村の、部屋?なんで、ここに・・・」


やっぱり、夢じゃなかったのか?
わけがわからないまま、とりあえず自分の部屋に戻り急いで着替えてグラウンドに向かった。


遅刻した理由と、行方不明だった言い訳を必死で考えつつも、
一方では眉村に撫でられながら眠ってしまった猫姿の自分に思わず顔が赤くなる。




(そういえば、似たような童話があったな。
 魔法使いにカエルにされた王子の話だったような・・・。)

たしか、王子を愛する姫が、カエルの姿でも王子だと見抜いて、元に戻れたのではなかったか。


そんな馬鹿な。あいつがお姫様って柄かよ!?と大きく首をふって、
それ以上考えないことにした。



とにかく、今はグラウンドに急ごう_________。



<終>

2007年 3月17日

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