堕天使のチョコレート  
            auther  「クロコダイズ」わに様 ( 『8944 hit present』)

  
           

           








いつも一人ぼっちのその天使は、とってもひねくれ者でした。

何故そんなにひねくれていたかと言うと、みんなとちょっと見た目が違っていたからです。

天使には当たり前の美しい金髪が、彼だけは黒い髪だったのです。

その黒髪は、漆黒の闇のような艶を持った美しい巻き毛でした。





一人ぼっちの黒髪の天使は、いつも人間の世界を見ていました。

黒髪の天使は、人間のことを下等な生き物と卑下していました。



泣いて 怒って 陥れて

騙し 責めて 戦って

短すぎる寿命を、様々な感情を交差させながら全うする

人間はいったい何の為に生きているのか



長い長い命を生きる天使には、人間はすぐに死んでしまう悲しい生き物にしか映りません。

そこで必死にあがく人を、愚かだと見下してしまうのです。



ある日、黒髪の天使は退屈しのぎに、人間にいたずらをしてしまいました。

人間界の少年の運命をちょっといじってしまったのです。

誰だって良かったのです、ただ、彼の暇つぶしにたまたま目に留まったのが、その少年だっただけなのです。

そして彼は少年が夢中になっていた大きなボールを一つ、取り上げてしまいました。



「さぁ、お前はこれからどう生きる?」



天使は少年が悲しみに打ちひしがれて、泣き崩れる様を想像していました。

しかし、少年はある日突然、大きなボールに代わり、小さなボールを手にしていました。

少年は、小さなボールを手に入れると今度はそれに夢中になりました。

そして小さなボールで様々な才能を引き出していくのです。



「なんだ、つまらねぇ」



黒い巻き毛の天使は、さらにいたずらを繰り返しました。

今度は少年から笑顔を奪いました。



「さぁ、今度はどうやって生きていく?」



笑わなくなった少年がどうやって生きていくのか、見てみたくなったのです。

きっと悲しい顔ばかりして、悲嘆にくれて生きるはず、そう思っていました。

笑顔を取られた少年は、笑わない顔を「鉄仮面」とあだ名されました。

そして少年は、失った笑顔の代わりに強さを手に入れました。

笑顔を失った少年の眼差しは相手を威圧し、無敵の投手へと変貌していったのです。





大きなボールを取り上げられ

笑顔を奪われ





しかし少年はそれが黒髪の天使のせいだとは気付きもしていません。

毎日を一生懸命に生きている少年から、次は何を取り上げてやろうか。



「これを取り上げられたら、人間は生きていけねぇよな」



黒髪の天使が思いついた最大のいたずらは、「愛する人を奪うこと」でした。



「お前が愛する人の記憶を取り上げてやろう、そしてお前を愛した人の記憶も取り上げてやろう」





その時、雲が唸り、すさまじい雷が鳴り響きました。

神がお怒りになったのです。





「人の運命を弄んだ愚か者!もはやお前は天使にあらず!その身を持って償うがいい!」





そして黒髪の天使は、無残にも大きくて美しい羽を折られ、二度と天界に戻って来れないよう、人間の住む世界へと追放されました。

自分の犯した罪の大きさを、罰を与えられて初めて気付いた彼は、瞳からポロポロと涙を流しました。



「どうして泣いているんだ?」



雪のように、ふわふわと舞い落ちる天使の羽。

そんな景色の中、ふいに声をかけてきたのは、黒髪の天使が運命を変えてしまった少年でした。

少年はうずくまる天使に近づくと、折れた羽を不思議そうに見つめていました。



「羽が付いてる…、天使みたいだ」

「天使、だったんだよ」



「羽……折れてる、痛いのか?」

「これは、オレがお前の運命にいたずらをした罰なんだ」



天使はいたずらの数々を少年に告白し、許しを請おうとしました。

少年は無表情でじっと見つめていましたが、こう言い返してきました。



「俺の運命は自分で掴んだものだ、お前がしたことは、結果として間違っちゃいない」



天使は大きく見開いた瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちてきます。

自分の罪を許してもらえた、天使はそう思ったのです。



「なんて人は力強くて、前向きで、優しいのだろう」



天使は少年に一つ頼みごとをしました。



「このままでは人間の世界で暮らせない。どうか、人間の食べ物を一つ、オレに分けてくれないか?」



天使は人間の世界の食べ物を口にすると、背中の羽が失われ人間になってしまいます。

食べた瞬間から、人間としての寿命を生きるのです。

少年は背中に背負っていたリュックサックから、ガサガサといくつかの箱を出しました。



「今日はバレンタインデーだから、女子からチョコをもらったんだ」



やはり無表情で少年は天使の目の前に、チョコの箱を見せました。



「好きなの取れよ」



天使は初めて見るチョコレートに手を出すことができません。

すると少年がその中から一つ選び、天使に差し出しました。

ハートの形の中に、天使の絵柄が入ったチョコレート。



「お前にぴったりだな」



天使はおずおずと箱からチョコを出しました。

掌より少し小さなハートのチョコレート。

それを ぱきん と真っ二つに割り、片方を少年に差し出しました。



「一緒に、食べてくれないか?」



少年は こくり と頷き、天使からチョコレートの半分を受け取りました。



「ありがとう、これで心残りなく人間になるよ」

「人間になったら、どうするんだ?」

「さぁ…、どうしようかな?」



眉を顰めて苦笑いする天使に、少年は言いました。



「なぁ、一緒に野球しないか?」

「野球か……、楽しいか、それ」

「ああ、楽しいぞ」



天使は にこり と微笑むと、少年と一緒にチョコレートを食べました。











そして…。

少年は成長し、高校生になっていました。

チームのエースとなった少年は、向かうところ敵無しの最強投手です。

今日は女子生徒たちが色とりどりの包装紙に包まれた贈り物をくれました。

それをいくつか抱え、住まいとする寮に帰る途中、同じように、いやそれ以上に両手にたくさんの贈り物を抱えた三塁手と出会いました。

彼は自慢の漆黒の巻き毛を、風にそよがせながら歩いてきました。



「なんだ、お前もか?」

「お前ほどたくさんはもらっていない」



すると二人は玄関前で、ばらばらとそれを落としてしまいました。



「あーあー…」



二人は溜息をつきながら、各々が貰った包みを拾い集めました。

ある一つの包みに二人が同時に手を伸ばすと、そこで動きが止まってしまいました。



「お前のか?」

「分からん」



「お前のだろう?」

「お前のかもしれないぞ」



淡々と押し問答をしていましたが埒が明きません。



中味を見ればわかるだろう、とビリビリと包装紙を破くと、中からはかわいらしいチョコレートが出できました。

ハート型に天使の絵柄。



二人は先ほどのやり取りも忘れ、そのチョコレートをじっと見つめていました。

エースの彼が訪ねました。



「なぁ…」

「なんだ?」



「ずっと昔にも…似たような場面なかったか?」

「さぁ……」



無表情なエースがそのチョコレートを ぱきん と半分に割りました。

無言のまま、片方を黒髪の三塁手に渡します。

手に取ると、彼は無言で口へと運びました。

そして、彼もまた同じ気持ちになるのです。



「これに似たことを……以前にもしなかったか?」

「……さぁ、どうだったかな」



ふわふわと舞い降りる雪が、まるで天使の羽根のようです。

その景色の中に溶け込むように、二人は不思議な感覚に見舞われながら、そのチョコレートを食べたのでした。







おわり


 
クロコダイズのわに様宅にて、狙いに狙った8944ヒットを踏みまして(笑)
 薬眉でリクエストさせていただきました!!
 季節的にもぴったりなバレンタイン仕様です。しかも 天使ですよ・・・?(溜息)
 なんてファンタジックで、そして心温まる美しいお話でしょう! 
 幻想的な雰囲気と、そして二人の心の触れ合いが愛おしく、
 ほんわかと、幸せな気持ちになれます・・・。
 思い切ってリクエストさせていただいて本当によかった!
 わに様、本当にありがとうございました!!!


 わに様の思わず惹き込まれる美しいゴロトシ小説サイトは、リンクから行けますよ!


2008・2・14

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