2009年 アニメ5th W杯シリーズ妄想 その1
沖縄強化合宿にて
「南風」
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ワールドカップ日本代表のために用意されたホテルのロビーは、
色とりどりの南国の花が飾られた、開放的な空間だった。
シーズンオフとはいえ、冬の沖縄を訪れる観光客は多いと聞く。
しかし、代表合宿のため貸切となったリゾートホテルの客は、
自分と同じように汗と泥にまみれたアスリートか、スタッフ、コーチ、
そして取材のマスコミ関係者だけだった。
夕暮れ時の慌しさが、吹き抜けの天井に反響する。
ユニフォーム姿のまま、大きめの練習用バッグを肩から下げた薬師寺は、
足早にロビーを横切ると、一人でエレベーターに乗り込んだ。
途中、3階で停止した。
開いたドアの向こうから現れたのはよく知った顔だった。
「眉村・・・。」
「・・・今、帰りか?」
「まあな。そっちは軽めの調整か?」
「俺たちは室内練習が中心だった。」
日本代表のピッチャーとして、早々に今日のメニューをこなした眉村は、
このフロアにある温泉大浴場でゆっくりしてきたのだろう。
肩にタオルをかけたラフな格好で、エレベーターに乗り込んできた恋人の髪は、
まだほんのりと濡れていた。
公の場で顔を合わせたのが久しぶりだったので、互いに少し照れたようだ。
二人きりの空間に沈黙が訪れる。
卒業後、初めてのプロ生活が終わり、つかの間のオフシーズンをゆっくり過ごしたことが、
もう随分昔のことのようだった。
エレベーターが薬師寺の部屋のあるフロアに止まった。
このまま別れるのがなんとなく惜しかった。
ドアの開閉ボタンを押したまま、どちらともなく、顔を見合わせる。
「飯は食ったのか?」
「まだだ。」
「じゃ、あとで迎えに行く。」
「ああ。」
素直に頷いた眉村をエレベーターに残し、薬師寺は自室に戻った。
シャワーを浴びて、手早く身支度を整えると、眉村の部屋をノックした。
少し待ってくれ、と眉村が言うので、部屋に入りながら薬師寺が言った。
「茂野と佐藤は、まだ残って練習してるぞ」
「茂野が・・・?」
眉村が目を見開いた。
バッティングピッチャーである筈の茂野吾郎が
若手選抜チームに合流した話を薬師寺の口から聞くと、
ニヤリと笑う。
合宿初日の歓迎セレモニーで、
偉大なメジャーリーガーと対峙していた彼を思い出した。
「ほう・・・あいつ本当に<対決>するつもりか」
おもしろい、と呟く眉村に、俺も本気だ、と薬師寺は真剣な表情になった。
「何?」
「・・・・・。」
窓の外に広がる海に目線を移した薬師寺の胸に、佐々木監督に言われた言葉が蘇る。
___明日の試合に勝てば、お前たちを日本代表の主力にする。
それが自分たちを発奮させるためにだということはわかっている。
だが、ああもはっきりと期待をかけられて、燃えない選手がいるだろうか。
やれるだけやってみたい。
世界を相手に戦う誇りというものに、手を伸ばしたい。
決意を新たに、薬師寺は眉村に言った
「明日、俺たちが勝ったら、面白いことになるぜ。」
「勝つつもりか?」
「当然だろう?」
薬師寺の瞳に、シーズン中と同じ、いや、それ以上の闘志がゆらゆらと燃えていた。
眉村はフッと笑うと、受けてたってやる、と、かつてのチームメイトを真正面から睨み返した。
「お前は投げんのかよ。」
「さあな。いつでも投げられるようにしろとは言われてる。」
「たいしたルーキーだ。」
「貴様こそ・・・」
眉村が戯れに伸ばした左手を、薬師寺は優しく掴まえた。
その時、開け放たれた窓のカーテンが揺れた。
少し肌寒い、しっとりとした風が吹き込み、
一瞬にして恋人の顔になってしまった二人を包む。
そっと引き寄せた眉村の体から、微かに石鹸の匂いが漂う。
薬師寺がゆっくりと唇を寄せると、彼は黙って瞳を閉じた。
一度軽く触れ合った唇は、二度目には深い口付けに変わる。
三度目に重ねた時はもう、
各々の両腕は相手の背中をきつく抱き締めていた。
「・・・ん・・」
小さく、吐息が漏れた。
会えなかった時間を忘れるように、長くて甘いキスが続く。
だが。
四度目は無かった。
代わりに交わったのは、互いの困惑した視線。
体を離した薬師寺が小さく首を振る。
「これ以上は・・・・。」
「・・・同感だ。」
苦笑する眉村の手を取ると、薬師寺は名残惜しそうにその甲に口付けた。
ここで歯止めが効かなくなるようでは、代表メンバーなど務まるはずもない。
「・・・それに・・・」
「・・ん?」
「腹も減ってるしな・・・」
眉村が至極真面目な顔をして続けるので
薬師寺は思わず声を上げて笑ってしまった。
きっと冗談ではなく、本気で思っているのだろう。
二人は上着をはおると、盟友同士の顔に戻った。
明日はいよいよ、日本代表と、若手選抜チームの練習試合である。
エレベーターホールから見える広大な東シナ海は、
夕日を受けてキラキラと輝きを放っていた。
<終>
2009年2月3日 (2月19日再録)
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