2009年 アニメ5th W杯シリーズ妄想 その2


バレンタイン記念SS 








「それ故に、君故に」




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「おい。」

部屋に入ってくるなり、薬師寺はツカツカと眉村に近づき、小奇麗な包みを押し付けた。
いささか睨むような視線に、眉村は戸惑う。


「お前、アレはないだろう。」


「何のことだ?」


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日本代表の強化合宿も折り返し地点に差しか掛かる。そろそろ疲れが出てくる時期だった。
練習を終え、ホテルに着くと、待ち構えたファンがこぞって走りよってきた。
いつもにも増して女性が多い。

今日が2月14日だということが、眉村を余計に疲れさせた。

横浜のキャンプ地でもこれほどまでに熱狂的な歓迎を受けたことがなかった。
甲子園でも騒がれたが、あの時はまだ学校の庇護下にあった気がする。
日本代表に選ばれた唯一のルーキーに、情け容赦なく降り注ぐ好奇の目。
それになかなかなじめない日々が続いていた。
申し訳ないと思いながら、誰の視線も受け取ることなく、足早にロビーに入った。
ホテルに入ってしまえば、一般客は入れない。
心なしか安堵する気持ちがある自分に、眉村は複雑な思いを抱いた。

背中越しに、大きなため息が聞こえたような気がしたが、すぐにそれが歓声に変わった。
若手選抜チームのバスが帰着したのだ。

ロビーからチラリと振り返ると、降り立った佐藤や薬師寺の周りに人だかりができていた。
彼らが嫌な顔一つせずに、笑みすら浮かべてファンに応えている姿を見ると、
なんだか少し腹立たしくなって眉村はさっさと自室に引き上げてきたのだった。



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それから、すぐのことだった。

「とにかくコレはお前宛てだ。ちゃんと受け取れよ。」

部屋に入るなり渡されたチョコレートを指差して、薬師寺は仁王立ちだ。
眉村は憮然として言い返す。

「どうしてお前からもらわなければならないんだ。」

「自分の胸にきいてみろ!」

薬師寺は、バスの中から見ていたのだ。
一人のファンが彼に差し出したプレゼントが、
足早に横切る眉村の練習バッグに当たり、コンクリートの床に落ちてしまったことを。


眉村は驚いた。全く気付かなかった。
その女性は、落ちた箱をゆっくりと拾うと、それを悲しそうに見つめていたという。
薬師寺は、自身も贈り物を受け取ったり、握手を求められたりしながら、
ホテル入り口の一番手前で、うつむいていた彼女を気にしていた。
ちょうど、後ろを歩く佐藤寿也がサインに応じ、
一同の注目が一斉に彼に集まったので、隙を見て彼女に声をかけてみた。


___よかったら・・・。


眉村に渡しましょうか?という言葉とともに差し出した薬師寺の手に、
戸惑いながらも小さな箱が手渡されたのだという。

「これを・・・?」

よく見れば角がへこんでいる。さすがの眉村も、バツの悪そうな顔をした。
悔し紛れに、本当はお前宛だったんじゃないのか?と言うと、薬師寺は舌打ちしながら言った。

「バカ。よく見てみろよ。」

チョコレートの箱に添えられた、自分宛のメッセージ。
封を開ければ、短い中に、心のこもった声援が綴られていた。
眉村の胸が温かくなる。

「・・・有り難いな。」

日本代表の合宿は、規模も注目度も、所属球団とは全く違ったものだった。
今まで経験したことがないような熱狂的な視線に四六時中張り付かれて、息が詰まってしまっていた。
いつの間にか一人で閉じこもっていたのだろう。
国をあげて背負っている大きな目標しか見ていなかった自分に気付き、小さくため息をついた。


__まだまだ、だな。


箱を開けて、宝石のような一粒を口に入れた。

染み渡る甘さと、ほんの少しのほろ苦さ。
わすれかけていた大切な気持ちを思い出す。
眉村は感謝の心を表すかのように、静かに目を閉じた。


ふと、自分を見守る薬師寺の視線に気づく。


「食うか?」

チョコレートを差し出すと、彼は笑って、おこぼれなんかいらねーよ、と悪態をついた。
眉村はもう一粒口に入れてから、大事そうにチョコレートを仕舞う。
そんな眉村をみつめながら、薬師寺はよかった、と呟いたのだった。

「何が?」

不思議そうに問うと、薬師寺は眉村に近づいて、彼を少しだけ抱き寄せて言った。

「いつものお前の顔だ。」

うれしそうな笑顔を見て眉村はハッとする。
改めて、恋人の優しさを体中で感じた。
ああ、と、ゆっくり息を吐くと、愛しい腕の中にしばし身をまかせた。
胸の奥が締め付けられるような切なさと、熱い想い。

だが、どうしても、それをそのまま口に出せない。
体を離すとわざと冷たく言ってみた。

「お前はいつも・・人の世話ばかり焼いて・・・」


昨日の練習試合で、衝突する同期バッテリーをなだめていた姿を思い出す。


「何だと!?・・・・俺は・・・ っ!?」


カッとなって声を荒げた薬師寺が反論する前に、眉村は彼の首に手を回した。
そして彼を引き寄せるとすこし強引に、唇を重ねたのだった。


言葉を封じられた薬師寺が、さきほどよりも強く恋人を抱き締める。
やがて進入してきた熱い舌に自らのそれを絡めた。


甘い刺激を求めながら眉村は思った。


全く、今年はどうかしている。


チョコレートの香りがするキスを、自分から恋人に贈るなんて____。









<終>






ゴロトシバッテリー痴話喧嘩仲裁記念(笑)


この時期、一人代表メンバーでかんばる眉村を応援したい気持ちと、
あのゴロトシ仲良しバッテリーをなだめた薬師寺くんをねぎらってあげたい気持ち(爆)、そして
こんな薬師寺だから眉村も好きになったのならいいなぁという気持ちで書きました(照)





2009年2月14日 (2月19日再録)






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