<スキャンダル>
「まずいことになった・・・。」
ハンドルを握る手が、なにやら汗ばんでるような気がした。
今日のスポーツ新聞の一面に、デカデカとでてしまった自分の失態。
問題は、誰よりも大切なアイツがそれを見たのかどうかと。。。
薬師寺は、とりあえず彼のマンションに向かう。朝っぱらからいきなり行ったら怒るだろうか・・?
かまわない。今はとにかく、説明しなければ・・・。
オートロックのマンションの扉の前で、少し、躊躇した。ただ、一応プロ野球選手だ。
あまり門前で長いこと突っ立っているわけにもいかない。
少し迷ったが、こんな時のために作ってもらった合鍵があった。
結局、いつもは律儀にならすインターホンを使わずに、合鍵で開いたドアをくぐりぬけてエレベーターに乗る。
幸い誰にも会わなかった。
部屋の前まで来た。一応礼儀だ。呼び鈴をならすと直接、ドアが開いた。
「い、いきなりドアあけるなんて無用心だろ?」
「・・・部屋まで来れるのはお前だけだ。朝からどうした?」
怪訝そうな恋人の顔が無愛想なのはいつものことだ。
しかし、どうやら怒ってる様子がなさそうということは、自分のスキャンダル記事は読んでないってことか。
少しホッとして、だが次の瞬間、だったら何の用で来たのか、遅かれ早かればれることを、
一から説明するのも頭が痛かった・・。とりあえず部屋には通されたが。
「このあいだ忘れた腕時計だったら、テレビボードの上にあるぞ。」
「いや、眉村、そうじゃなくて・・。」
「なんだ。やけにバツの悪そうな顔して」
何から話していいものか。
よくわからなくなって、コーヒーを淹れてくれたカップを置いたその手をぐいっと引き寄せて抱きしめてみる。
眉村はおとなしく受け入れたが、それ以上燃え上がるわけでもなく、体を離すと自分も薬師寺の隣に腰掛けた。
思い切って口火を切る。
「なあ。このあいだ、先輩の松若さんに、飯誘われたって言ったろ?」
「・・そんな話してたか?」
「(相変わらず聞き流してたな・・・。)それで、行ったらさ、松若さんの奥さんも一緒でさ。
あ、ほら、奥さん、有名なアナウンサーだったろ?けっこう綺麗でびっくりしたぜ。」
「・・・それが、どうかしたのか。」
眉村は退屈そうに、ティーテーブルのノートパソコンをいじっている。
「・・・で、その席に、もう一人、先客がいて、さ。・・・・・その、
奥さんの後輩で・・・・俺のファンだとか・・言って・・・奥さんが気ぃ訊かせて俺にセッティングしたらしいんだ。
お、俺、知らなくてさ。松若さんたち、乾杯だけしたら、あとはお二人で、なんつって帰っちゃってさ・・・。
俺も帰るってわけにいかないから、とりあえず、一緒に、食事したんだ・・・。」
チラリと、恋人の顔を見る。さして興味もなさそうだ。
だが次の瞬間、薬師寺は凍りついた。
眉村の視線の先のには、スポーツ新聞社のサイトが映っている。画面に映る自分の名前。。。
「!!」
「これの言い訳しにきたのか?」
「いや、えっと・・・」
<ライオンズ薬師寺 人気女子アナと 結婚秒読み>
クールなマスクと華麗なプレーで人気の東武ライオンズ若手一番打者、薬師寺選手が、
都内のレストランで人気女子アナ○○と熱愛デートしていたのが目撃された。
○○アナは以前から薬師寺選手の大ファンということで、
先輩アナである松若夫人が恋のキューピッド役をかってでて、球団も公認の仲らしいとのこと。
この日は松若夫妻とも面会があったようで、式の仲人役のお願いではないかと思われる>
公認だとか結婚だとか、捏造記事も甚だしいが、その記事は非情にもさらに続く。
<マンション宅前で熱い抱擁を交わす二人>という見出しとともに、
暗い画面に重なる男女の影。傍目には誰かはわからないような遠目の写真だが。
薬師寺は眩暈さえ覚える。いざその事態に直面すると、けっこうきつい。
「こ、これは、向こうから勝手に・・・・。こんな記事信じるのかよ?
浮気なんかしてねーぞ!俺が好きなのはお前だけだ!」
安っぽい恋愛ドラマのようなセリフに、自分でも情けないと思う。
眉村は黙って立ちあがる。やべえ。怒ってる・・・。
でも、ジェラシーだとしたら、それはそれでうれしい、などと喜んでいる場合じゃない。
「お前に黙ってたのは悪かったよ・・・。でもこれは、ただ、送って行っただけだ。
相手が少し酔ってたから送っていかなきゃわりーかと思ったんだ。
そしたら抱きつかれて、なんか、言われたけど・・・ちゃんと断ってそれっきりだ」
無言の背中の圧力に負けそうだ。強気にでようと思っても、最後のほうは声が細くなる。
そんな薬師寺とは対照的に、眉村は振り返るとため息まじりに静かに言った。
「何をごちゃごちゃ言ってる。誰と会おうがかまわんが、相手も有名人ならマスコミの格好の獲物だ。
お前危機管理能力がなさすぎるぞ。もっとプロとして自覚を持ったらどうだ。」
・ ・・あれ?何だか会話が噛み合ってない・・?
もしかして、怒ってるのは記事にされたことで、女性と会ったことはどうでもいいのか・・?
「お前・・・妬いてんじゃねーのか・・?」
「<焼く>? 何を。」
「・・・・」
言いようの無い脱力感に襲われて、薬師寺は立ちすくむ。
こいつの辞書に、「嫉妬」なんてないのか。どちらにせよ、怒らせたのは事実だが・・・。
「ごめん・・・これからは、気をつける・・・。」
「当たり前だ」
眉村は平然と言ってのけると、コーヒーカップを片付けにキッチンカウンターに向かっていった。
薬師寺はただ突っ立って、それを見ていた。
(何してんだ、俺・・)
気まずさと脱力感を全身に感じて、ため息とともに薬師寺は上着をとって玄関に向かう。
「・・・・朝から邪魔したな。」
「帰るのか?」
急に腕を掴まれて振り返ると、ふわりと恋人が腕の中に収まってきた。
驚いた薬師寺が
「なんだよ、めずらしいな。」
と言うと、思いもしない言葉が返ってきた。
「・・・何て、言ったんだ。」
「・・・え・・!?」
「・・・こうやって抱きつかれて、断ったんだろ?何て言ったんだよ・・」
お前、結局気にしてんのかよ、と軽く小突いてみても、
眉村は薬師寺の肩に顔をうずめたまま黙っている。もしかして、照れているのか・・?
薬師寺は笑いながらそっとその答えをささやいた。彼が耳まで赤くなっているのがわかった。
どうしようもない愛おしさがこみ上げてきて、思わずきつく抱きしめる。
そしてその唇に、やさしく口付けた・・・・・・。
<終>
2007年3月15日
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