夕日と月に照らされて 2







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車内は静まりかえっていた。
時折聞こえるカーナビの案内音声が、耳障りなほど間が悪い。


しばらくすると、車は大きな河の橋にさしかかった。
急に大きく開けた視に、まぶしいくらいにオレンジ色に輝く一面の空がひろがった。
空の切れ間から漏れる光の階段が、大きな積乱雲を照らしている。
白い光を放つ雲の塊とそれに寄り添うような灰色の影。
まるで中世の絵画のごとく幻想的な景色に驚き、薬師寺は思わず眉村に話しかける。


「見ろよ、綺麗な夕焼けだ。」


だが眉村は、前を向いたまま、そうか、と言っただけだった。
その空も、薬師寺をも見ようとしない。


先ほどの失言が胸に刺さった。
親しき仲にも、というより、それ以前の問題だと薬師寺は頭をかいた。


眉村の所属するチームは、
シーズン早々に優勝争いから脱落し、熾烈な3位争いすら蚊帳の外だった。
その成績を本意だと思っている選手なんていないだろう。
ましてや、眉村一人でどうにかできる筈もなかった。
それでも、チームのため、ファンのために、せいいっぱい試合を重ねてきたはずだ。
戦力的に苦しいチームで、二桁勝利を挙げることがどれほどの偉業か、
眉村は一度だって口にしたことは無い。


薬師寺は愚かな自分の姿を心から恥じて深いため息をついた。
自分だけが悔しい思いをしているかのように錯覚し、
ワガママな振る舞いをしたことを後悔する。

悪かった。ごめん。
そう言おうとして、もう一度恋人のほうに体を向けると息を呑んだ。


夕日に照らされた眉村の横顔が、あまりにも美しかったのだ。


前方を見据えた瞳はいつものように鋭く、
茜色の光のハイライトが、整った鼻筋を一層際立たせている。
そして、硬く閉ざした口元に、まだ怒りと悔しさが漂うように見えた。
胸が締め付けられた薬師寺は言葉を発することができない。


こんなにも美しく、悲しくなるような夕焼けを見たことはなかった。






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あれから二週間以上経っていた。
いつのまにか秋めいて、夜風が冷たいほどだった。


後ろ向きな自分の姿勢を見つめなおし、すべての試合に全力で立ち向かったが、
やはり、力及ばなかった。
戦いに敗れ、薬師寺はなんともいえぬ脱力感を感じていた。


あの日のことを思うと、まだ、心の奥が痛い。


別れ際のキスも無く車を降り、背中越しにじゃあなと言ったきり、
連絡を取り合っていなかった。
彼の静かな怒りは、まだ続いているだろうか?
この程度の衝突は今までいくらもあった。
だからもしかしたら、眉村はもう忘れているかもしれない。


でも、謝りたい。
恋人である前に、互いのプライドを大切にしたい。


薬師寺の表情が引き締まる。
そして、いまさら話を蒸し返しても、アイツはかえってあきれるかもな、と
とため息をつきながら、携帯電話を手にとった。


すると一通のメールが来ていることに気付いた。
眉村からだった。


_____明日雨なら会いに行く。


たった一行。
涙が出そうになった。


「こんなに綺麗な月がでてんだぞ・・・。」


澄んだ空。雨が降る気配も無い。
予定どおり彼は明日、横浜スタジアムで登板するだろう。
だから、会えるはずはないのだ。
眉村もきっとわかっているはずなのに。

不器用ながらも伝わる、恋人の優しさに胸が熱くなる。


「ちくしょう・・・やっぱり会いてぇ・・・」



遠く離れた恋人が、精一杯自分のために紡いでくれた言葉を抱き締めた。
そして、<オフになったら、また二人でゆっくり過ごそう>と
短い返信を送る。
残りの数試合を、最後まで全力でプレーする決意とともに。


頭上の月はいつの間にかその大きさを変え、輝きを増していた。

満月とは、かくも闇を照らすものなのかと、
雲ひとつない空を見上げて薬師寺は思った。






<終>


2009年シーズンお疲れ様!
どうか、ゆっくり休んでください・・・。




2009年10月12日 






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