パラレル小説 <メジャオケ!!>の番外編です。

本編(高校3年生)より以前、中学卒業直後アメリカに渡った吾郎のお話です。





2008年吾郎誕生日記念
パラレル小説 <メジャオケ!!> 
アメリカ編〜
 
                           




<その1 異国の地で>
 






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マンハッタンの雑踏の中を、足早で歩く若者が一人。

世界の中心、と呼ぶにふさわしい活気と華やかさも、
今の吾郎には目に入らなかった。
夕方ともなれば、動かない車の列、列、列。

大都会の渋滞なんて、東京だけで十分だ。
吾郎はむしゃくしゃしながら歩いていたから、
赤に変わってしまったシグナルにも気付かない。

「be carefull!! do you wanna die?!」
車道の車から罵声を浴びせられても、何とも思わなかった。


「つまんねぇ街だぜ」

先ほど、授業を担当する教師に破門だと言われてしまった。
怒りにかられた南部訛り英語が早すぎて、正確には何と言われたのかはわからない。
ただ、語気と口調から、全くレッスンに身の入らない日本人を甘やかすほど、
留学先は甘くはないということだけはわかった。


佐藤寿也と、念願の海堂学園高校合格の喜びをわかちあってから約半年。
寿也への許されぬ想いに気付き、苦しんだ吾郎は、一人海を渡ってアメリカの地に居た。
遠く離れた地で、新たな世界に飛び込めば、
寿也のこともただの幼馴染だと思える日が来ると思ったのだが、
吾郎にとって異国の地での孤独な環境は、むしろ出口のない苦悶の世界だった。

「畜生。オヤジに、何って言ったらいいんだよ・・・・・・」

公衆電話を見つめ、ダイヤルしようと近づいた。
だが、自分のために尽力してくれた親を思うと申し訳ないという気持ちになった。
何よりも、悲しそうに自分を見送った、寿也の顔も浮かんで来る。
仕方なく、学校に戻ろうと、元来た道を戻ろうとした。

「・・・・・・何処だよ、此処。わかんねぇ・・・」

いつの間にか、似たような街並みに迷ってしまったらしい。
キョロキョロと周りを見回すと、右手の方向に向かう人々の方が多い。
なんとか大通りに出ればわかるだろう、と吾郎は人の波に身を任せて、
フラフラと同じ道へと歩いて行った。

すると、急に目の前が開けた、有名なコンサートホールが現れた。
その前にはおおきな広場には噴水が有り、
都市部の中心にあっても、緑溢れる憩いの場という雰囲気だった。
これから何か開演するのだろう。
上品な紳士や、着飾ったレディが次々と建物の中に吸い込まれて行く。

吾郎は、入り口にある看板を見上げた。
────ジョー・ギブソン ピアノリサイタル・・・?

さすがの吾郎も、その名前は知っていた。
ニューヨークフィルの指揮者としてその名声と音楽性は世界で高く評価されているが、元々はピアニストだ。
故に時々、弾き振りもするというが、最近は彼がピアノのみの演奏をする機会はめったにない、ときいた。

──聴いてみたい。

足は自然と、チケット売り場へと向いた。
だが、窓口に大きく張られた「sold out」の文字が吾郎の肩を落とした。

「ま、当たり前だよな・・・。」

その時、がっかりした様子で立ち尽くす吾郎に、チケット売り場の中年女性が、優しく話しかけたのだ。

「あんた、学生さん?」

目をパチクリさせた吾郎は、黙って頷いた。すると女性は、学生席が一枚余っていることを吾郎に告げた。
そして、不思議そうな顔をしている吾郎に、明日の演奏家の卵を応援するのが趣味なんだよ、とウインクして見せた。
吾郎は目を輝かせ、彼女に深く感謝した。
すると、ふくよかな黒人女性は、礼はいいから、さっさと中に入りなさい、と言って吾郎をせかした。

「ありがてぇ」

足早にホールの扉をすり抜けた吾郎は、
彼女の好意で買うことができた一枚のチケットを握り締め、一人、後ろの端のほうの席に座った。

高い天井から、照明に照らされたホール内は華やかで、
客の誰もが期待に胸を躍らせているようだった。
やがて開演の合図と共に、場内が暗転した。
舞台上に現れたジョー・ギブソンは恭しく一礼してピアノに向かう。

拍手が鳴り止み、音が生まれる刹那の緊張感。ピーンと張り詰めた静寂をゆっくりと溶かすように、
ベートーベンのピアノソナタの調べが響き渡った。

堂々たるその音は、またたくまに観客を魅了する。

すぐに吾郎は惹き込まれた。
雄大で、包み込むような圧倒的な迫力。それなのに、優しく繊細な旋律も見事に弾きこなす姿。

___おとさん・・・。

タッチも表現も、全く違うのに、吾郎は何故か、亡き父を思い出していた。

「俺は・・・・こんな演奏がしたい。」

今まで生きてきて、これほどまでに強く、自分のなりたいイメージが浮かんだことはなかった。
ピアノを通して吾郎が目指していたのは、父、本田茂治の姿。
だが、どんなにがんばっても、記憶の中の父は、朝靄の中の花のように、永遠の憧れでしかない。

稲妻に打たれたような衝撃が走り、体中が震えた。
初めて偉大なる目標に触れた喜びを、吾郎は感じたのだ。

アンコールの拍手が鳴り止まない中、吾郎はいてもたってもいられなくなり、席を立っていた。




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2008年11月6日 






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