パラレル小説 <メジャオケ!!> 
アメリカ編〜





<その2 二人の若者>
 






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「あまりしつこいと、つまみだすぞ」


控え室へと向かう廊下の前。
関係者以外立ち入り禁止と大きく書かれた立て札の前で
吾郎は警備員にむかってひるむことなく、ギブソンに会わせろと叫んでいた。


「頼むよ、どうしても会いたいんだ。Please!!Please!!」
「いいかげんにしないと警察を呼ぶぞ」


そこを、一瞥しながら、一人の金髪青年が通り過ぎた。
何の問題もなく控え室に向かう彼を見た吾郎はさらに語気を強める。


「なんだよ!人種差別か!?なんでアイツはそのまま通れるんだよ」

思わず日本語でまくしたてても全く通じない。だが、納得いかない吾郎は必死で、
あの男は誰だと詰め寄った。

「なんだと・・・?ギブソンの息子・・・だと?」

その「息子さん」とやらは、廊下の先で涼しい顔で控え室をノックする。
ドアが開く気配があったので、一瞬の隙をついて、吾郎は警備員を振り切って、
控え室まで一気に走った。


吾郎は大声で叫ぶ警備員を尻目に、金髪の青年と共に扉の内側に滑り込むことに成功した。
そして部屋に入るなり、満面の笑顔で言い放ったのだった。


「ハロー!ミスターギブソン!プリーズティーチミーピアノ!!」


その場の空気が凍りつく。
ギブソン氏が落ち着いて、「お前の友達なのか?jr。」と問い、
呆気にとられたjrは「知るか」というのが精一杯だった。


明らかな拒絶反応にもめげず、このチャンスを無駄にすまいと、
吾郎はつたない英語力で必死に頼み込む。


「俺、あんたに習いたい。あんたのピアノに感動したんだ!」
「バカかてめぇは!ダッドが弟子なんかとるわけないだろ!?」
「ウルサイ!ヤンキーゴーホーム!!」
「誰か、警察を呼べ!!」

いきなり現れた東洋人に、完全に頭にきたジョー・ギブソン・jrは、
不審者として吾郎を捕まえるようその場のスタッフに早口で指示をした。
だが、当のギブソンがそれを制し、ゆっくりと吾郎に近づいたのだ。

「はっはっは。君はおもしろいな」
激怒する息子とは好対照に、にこやかな笑みを浮かべた偉大な音楽家は、
ゆっくりと吾郎の顔を覗き込む。

「必死な顔をして、一体何が君を追い立てているのかな?」

目の前にはりっぱな髭に包まれた柔和な顔。
だが、その眼光は鋭く、威圧感さえ抱かせる。

「あんたみたいに弾きたいんだ」

ギブソンの問いには答えず、まるで子供のように要求だけを突きつける吾郎の瞳は、
厳しい視線を真正面から受け止めている。


吾郎の硬く結んだ口元を見て、ギブソンはフッと笑うと、視線をはずし、傍にいたスタッフの一人に
名刺を用意させると、吾郎に差し出した。
そして、信じられないことに、今度事務所に来なさい、と言ったのだった。


吾郎の瞳が驚きで見開かれた。同時に息子の怒声が聞こえる。


「親父!何故こんな怪しい奴を!」


jrの激しい抗議は、インタビューの準備で慌しく動く、他のスタッフに遮られてしまった。
まもなくマスコミによる取材が始まるらしい。半分追い出されるように、二人の若者は控え室を出される。


jrは吾郎をキッと睨むと、足早にその場を立ち去った。
一方の吾郎は夢見心地で、渡された名刺をじっとにぎりしめると、フラフラとコンサートホールを後にした。



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2008年12月17日




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