パラレル小説 <メジャオケ!!> 
アメリカ編〜





<その3 面接>
 





あれから何日か経った。
吾郎は渡された名刺に書かれた事務所の門を叩いた。

意気込んで訪れた吾郎を迎え入れたのは、憧れのマエストロではなく、
黒髪に、クセのある髪と深い色の瞳をした、長身の男だった。

礼儀を知らない吾郎は、単刀直入に用件を言う。

「ギブソン氏に会いにきた。」
「その前に俺が話を聞くことになっている。」
「あんた・・・何者?」
「俺はミスターのマネージャー。ジェフ・キーンだ。」
「そんな奴に用はねぇよ。」
「俺にそんな口聞くと、ミスターには会わせないぞ。」
「・・・・。」
「時々、お前みたいな図々しい奴が押しかけてくるんだ。そのたびに、ミスターの耳を煩わせる訳には
 いかないんでね。こうして面接するのが俺の役目だ。だが、それが嫌だというなら、さっさと出て行くんだな。
そのほうが俺も時間が省けてちょうどいい。」


まるで形式的な、一連の流れに、さすがの吾郎も素直に従った。
キーンは吾郎から一通り経歴や得意な曲などを聞くと、
部屋の奥の立派なグランドピアノの蓋を、なれた手つきで、キィと、開けた。
そして、ぶっきらぼうに、「じゃ、その曲を弾いてみろ」と言ったのだった。

「ふん。百聞は一見にしかず、だろ?」
まるで興味なさそうなキーンの態度に、吾郎は少しイライラしながら日本語でつぶやくと、
自信をたぎらせた目で彼を一瞥し、ピアノに向かった。

荒削りで、激しい吾郎のピアノ。
キーンは黙ってそれを見つめる。


渾身の力で引ききった吾郎は、どうだ、といわんばかりにキーンを見たが、
彼はまるで何も感じないように、冷たく言い放った。

「・・・・・・・・・最低の演奏だな。」
「な・・・・・なんだと!?」
「子供のお遊びとは思ったが、ここまで酷いとは。」
「お前に何がわかるっていうんだよ!」
「ショパンはこうやって弾くんだ」

キーンは、どけ、と言ってピアノの前に座ると、いきなり同じ曲を弾き始めたのだ。
それは驚くほど正確で鮮やかなショパンの調べ。吾郎にはない、優雅で洗練されたもの。
悔しいが、そのレベルの高さは吾郎のかなうところではなかった。

「それだけ弾けるのに・・・な・・・んで、お前、音楽やってないんだよ・・・」
「さあな・・・」

こんな奴がマネージャー止まりなのか、と、すっかり自信をなくした吾郎は、
トボトボと出口に向かった。
その後ろ姿を、キーンは黙って見つめていた。

「いいだろう。先生に会わせてやる。向こうの部屋へ行け」

その言葉を吾郎はすぐには信じられなかった。

「何だよ・・・どう見たって俺・・・」
「俺では決められないと思っただけだ。ミスターに会って決めてもらえ」

振り向いてこちらを見る瞳が、みるみる輝いていく。

「よっしゃあ!!」

キーンは、まるで飛び跳ねるように奥の間に向かう若者の後ろ姿を見つめた。
そして、自分自身がかなえられなかった夢を思い出し、
ほんの少し、苦笑したのだった。

「ふむ。ゴローシゲノ、と言ったね。なかなか興味深いな。」

キーンの面接をクリアしたことに、驚きと喜びを表しながら、
ギブソン氏は温かく吾郎を迎え入れた。
そして、学校のレッスンをちゃんとやると約束するなら、時々みてやろうと、笑顔で言ったのだった。


その日から吾郎は変わった。
あれほど投げやりだったレッスンも懸命にこなし、
合間をぬって足しげくギブソンの元に通った。


ギブソンが弟子を取ることなどまず有り得ない。
異例のことだったので、関係者たちはこぞって驚き、
吾郎は一躍マスコミの注目を浴びた。
だが、周りの騒ぎになど目もくれず、吾郎はひたすら、ピアノに打ち込んだ。


___アメリカに来て初めて、寿也を忘れられる。


ただただ、がむしゃらに弾きこむ毎日だった。





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2009年1月3日




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