外伝シリーズ第3弾。
海堂高校を舞台にしたお話になります。
本編終了後、数年経った未来から始まります。
〜パラレル小説 <メジャオケ!!> 外伝〜
<海堂篇 1>
「馬鹿、無理だって。俺、その日は打ち合わせがあって」
携帯電話を片手に、資料を落としそうになりながら、薬師寺はめずらしく声音を上げていた。
それは、電話の相手が、気の置けない高校時代の友人だったからかもしれない。
普段、弁護士として仕事をこなすときよりも、随分と感情があらわになった話し声。
事務所の同僚たちが少し驚いたような顔になる。
___ごめん。音大の知り合いにもいろいろあたったんだけど、ダメだったんだ。
お願いだよ薬師寺、君が頼りなんだ。
電話の相手は佐藤寿也。
海堂高校出身のプロの指揮者として、今注目度ナンバーワンの若手音楽家である。
「いい加減にしろよ!?こっちはクラシックとは無縁の仕事してんだぞ?
急に後輩指導なんて言われても出来るわけねぇだろ!?
それに俺はお前らとはちがって、アマチュアもいいとこだから・・・」
お前ら、と、思わずひとくくりにしてしまったのは、遠い異国の地にいる愛しい顔も一緒に浮かんだから。
もうすぐ、眉村の凱旋コンサートともいえる演奏会がせまっていた。
それにともない彼の一時帰国が叶う。
そんなことばかり考えているから、つい口に出たのだと、薬師寺は苦笑する。
____そうだよね。突然ごめん。
後輩たちには、今年はあきらめてもらうしかないかもしれない・・・。
もともと、無理だと思っていた寿也は、それ以上食い下がらなかった。
6月に行われるコンクールに出演するために、この時期、海堂オケは必死に練習している。
そんな彼らの役に少しでも立ちたいと、佐藤寿也は毎年、忙しい合間をぬって、
後輩たちのために一日指揮者として指導に来ていた。
それはここ数年ずっと続いていた。
高校の部活の一貫である海堂オケは、当然のことながら、毎年上級生が引退し、新入生が入る。
リセットされ面子が代わるサイクルを繰り返すのが高校の部活というものだ。
にもかかわらず、毎年、どの学生たちも、
憧れの「佐藤寿也」が指導してくれる日はいつになく気合も入る、と聞いていた。
それが今年は、予定していた日程が寿也の都合で出来なくなってしまったらしい。
以前にも、何度も予定を変更していたのだ。
困り果てた彼は、同期である薬師寺の元に電話をかけてきたのだった。
自分の代わりに、後輩たちの元にいってほしい、と。
「なにも、音楽指導してくれなくてもいいんだ。本番を控えた彼らに、少しでも刺激になればいいって
そう思ったんだよ。」
「おいおい、俺が行っても何の刺激にもならねぇぜ。」
「そんなことないよ。君だからこそ、高校生たちに伝えられるものがあるはずなんだ。」
「は?よくわかんねー。」
「あはは、うーん・・・口で伝えるのは難しいや。それにしても残念だなぁ・・・」
電話の向こうで大きなため息が聞こえた。寿也自身も、母校に帰れる日を楽しみにしていたのだろう。
「まあ、そんな時もあるさ。お前が落ち込むことはない」
いつか、こんな日がくるだろう、と薬師寺は思っていた。
世界に向けて飛躍する寿也の、運命でもある。
一抹の寂しさを感じながらも、友の成功を願う薬師寺は、彼を慰めながら電話を切った。
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「え?今日の予定はキャンセルですか・・」
「すまんな薬師寺くん、先方の予定が変わってしまって・・・明日に伸ばしてくれんかね?」
「わかりました。」
携帯電話にかかってきたクライアントからの連絡に、薬師寺は呆然とした。
まあ、こんなことはよくあることなのだが、ちょうど、待ち合わせ場所に向かっている途中だったのだ。
それも、母校の目と鼻の先の場所で。
時刻は午後3時。事務所には、出先から直帰するので今日は戻らない、と伝えてあった。
立ち止まる薬師寺の傍を、懐かしい制服をまとい下校する高校生たちがすり抜けて行く。
「今日・・・・本当なら、佐藤が後輩たちを指導してやる日だったか・・・」
足は自然と、海堂高校に向いていた。
一歩踏み入れると、記憶も感覚も、すべて高校時代に戻る。
薬師寺は立ち止まると校舎を見上げて、大きく息を吸った。
「何時以来なんだ・・・」
ただただ、懐かしさがこみ上げた。
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2008年12月30日
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