<第一章 > ミーティング







「なんで俺たちがこの時期に出なきゃいけないんだよ。」


引退したというのに、いきなり部室に集められた海堂高校管弦楽部の3年生は、
いくぶん不満げな表情の者が多い。 


「まあそう言うな渡嘉敷。指揮者が佐藤に決まったんだ。
 うちから 他のメンバーがでるのも当然だろう?」



部長であり2ndバイオリンのパートリーダーだった薬師寺が、
いつものように、皆をまとめる。



「確かに少々キツイスケジュールだが、演目は一つだけだ。
 一回一回の合奏をちゃんとこなせばできると思うぞ。
それに、半分は他校と交流を深めるという意義もある。
新しい出会いが欲しい奴はやってみるといい。」


気の利いた冗談に、場の雰囲気が和む。


「まあ冗談はさておき、俺は部長だから出ることになっている。希望者、他にいないか?」

薬師寺の言葉を補うように、寿也が続けた。 

「ごめん、みんな・・・。引き受けたのは僕だし、皆に強制なんかできないよ。
でも、僕は、もしももう一度、皆と演奏できるとしたら、とてもうれしく思うんだ。コンクールじゃないんだし、気楽にやろうよ?」


寿也は2年間、苦楽を共にした部員たちを見回した。
いろいろな奴らがいるけど、皆大切な仲間だった。

「やってみてもいい。」


腕を組んだまま黙っていた眉村が、意外にも快諾した。


音楽科の眉村は、ソリストとしてのデビューも間近という腕前で、
今年の海堂オケのレベルが例年より遙かにレベルが高くなったのも、
コンサートマスターの彼に依存するところが大きかった。そんな彼が出ると言い出したので、
周囲が急にざわめきはじめた。


「そうだな。俺もやろう。」


「ありがとう草野。君がいると何かと心強いよ」

チェロパートリーダー草野は口調は厳しいが、博識なだけに曲の解釈に長けている。

「僕もやるよ」「俺も」

眉村と草野に続くように、国分や泉ら、何人もの手が挙がり、
海堂高校管弦楽部から20名近くの部員が参加することとなった。


「・・・よし。本番は8月。場所は横浜シンフォニーホール。まあ会場負けしねーように、
俺ら海堂が引っ張っていくぐらいの心構えで行くぞ」


 薬師寺の言葉に、皆がうなずいた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ミーティングが終わり、日が傾き始めた通学路を、寿也は薬師寺と歩いていた。

「ソリストの茂野って、このあいだの指揮者だろ?確か、お前、知り合いじゃなかったっけ?」

「え?あ、うん・・・。昔、同じ、ピアノ教室で習ってたから・・・。」

「やっぱり、上手いのか?」

「たぶん、そうなんじゃない・・?」

 まるでそっけないような寿也の表情を、薬師寺が不思議に思う間もなく、
 急に寿也が話題を変えてきた。


「やっぱり薬師寺が部長でよかったよ。なんだかんだいって、いつもちゃんとまとめちゃうよね。」

「何言ってんだよ。音楽科ばかりの連中相手に、いつもいっぱいいっぱいだったぜ?」


海堂オケでは珍しく、普通科から入部した薬師寺は、バイオリン経験者だった。
器用な上、音楽センスがあるため、その楽器の腕前はすぐに皆が認めるところとなった。
高校でオケをやるとは思っていなかった薬師寺だが、
のめりこむうちに、気がつけばその人柄から、管弦楽部の部長をまかされていた。


「進路、どうするの? 法学部の推薦、いけそう?
薬師寺なら受験してもどこでも受かるんじゃない?」
「んなわけねーだろ。音楽祭終わったらしばらくひきこもるぜ。楽器の個人レッスンも、しばらく休む。」

「はは。がんばって弁護士になってよね?何かあったら頼るからさ。」

「簡単に言うなよな・・・。この企画のおかげで、現役合格がまぼろしのように見えてきたぜ・・・。
それよりお前、音大進まないって聞いたけど、留学でもするのか?」

「いや、音楽の道には進まないよ。僕も浪人してでも、どこかの大学に入るつもりなんだ。」


「え!!なんだって!?・・・俺はてっきり・・・」


驚いて二の句が告げない薬師寺に、寿也は小さな声で答えた。


「昔は、ピアニストで指揮者・・・ってのに憧れた時もあったけどね・・・。」



寿也の顔が、まるで誰かを想うように見えたのは、気のせいか・・・?



そしてそれが、何故かとても悲しそうに見えたので、薬師寺は、
もったいねーな、と呟いたきり、そのまま寿也と別れて帰途についた。





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