<第2章 ソリスト>









「茂野センパイ」

聖秀高校の昼休み。
小柄でかわいい顔をした後輩に呼び止められ、茂野吾郎が振り返る。

「聞きましたよ、音楽祭、ソリストだっていうじゃないですか。」

「まあな・・。」

「なんスか、それ。やる気ないんすか?」

「師匠のコネで選ばれて、父親の幻影背負って弾くんじゃ、気乗りしねーよ。」

「随分と贅沢なこと言ってますね。俺も出ますよ。あと、藤井さんと田代さんも。あとは・・・」

「なに?大丈夫かあいつら!?ま、あいつらはいいとしても、なんでお前が出るんだよ。
 コンチェルトのトランペットなんか、そんなにおもしろくねーだろ?
お前いつも、もっと派手な交響曲が好きだって言ってるじゃねーか。」

「いいじゃないスか! 他の高校との交流だって、この音楽祭のりっぱな趣旨ですよ。」

「ふーん。ま、せいぜいがんばりな。」

 (ちぇ。なんだよ・・・)

もう一度、あんたと同じステージに立ちたいから_____なんて、絶対に言わない_____

そんな彼の心中を、吾郎は知るよしもなかった。



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「ひえー・・・。ここがあの海堂高校かぁ・・・」

りっぱな校舎と設備を見上げるのは、聖秀高校のティンパニー奏者藤井と
コントラバスを背負った田代だ。

日曜日。
今日は合同オーケストラの初顔合わせの日であり、会場は海堂高校だった。
「口あけてボケっとしてると、なんか落っこちてきますよ、藤井センパイ・・・。」
「こら!またそういう口きいて!」
生意気な弟が姉に怒られると、中村、鈴木の二人組が思わず笑いだす。
いつものように、和やかな聖秀オケの風景だった。


「茂野、お前、アメリカ行かなかったら、ここの音楽科に来てたんだろ?」

田代の問いに、ああ、と軽く答えた吾郎は、改めて校舎を眺めてみた。

幼馴染の佐藤寿也と、合格を喜び合ったこの場所。
その後、逃げるようにしてアメリカに渡ってしまった自分・・・。

女の子ばかりのピアノ教室で、自然と仲良くなった二人は、ずっと同じ道を歩いてきた。
やがて二人で海堂を目指す頃、吾郎は自分の中の寿也への気持ちがどんどん大きくなることに苦しんだ。

寿也を好きになりすぎてるかもしれない_____。

感情的に弾くタイプの吾郎のピアノは、不安定な精神状態がそのまま音にでてしまう。
何か思いつめている様子の吾郎を心配した師匠の茂野英毅が、
アメリカへの留学を進めると、吾郎は思わず従ってしまったのだ。


旅立ちを知った寿也の、悲しそうな笑顔を、吾郎はしばらく忘れることができなかった。



_______様々な思いが頭をよぎり、しばらく、自分を呼ぶ声に気づかずにいた。


「・・・だくん・・・本田くん!ひさしぶりだね!」


なつかしい声にハッとして、吾郎は我に帰る。振り返れば同じ中学だった小森がいた。
未だに自分のことを旧姓で呼ぶ彼は、三船高校フィルハーモニークラブの部長でオーボエ奏者だ。
音楽祭の運営でも幹事をやっている生徒の一人だという。
後ろには山根、大林がそれぞれホルンとトロンボーンの楽器ケースを抱えて立っていた。


「コンクール、すごかったね!僕、感動しちゃった。もちろん、寿也くんの指揮も
すごくよかったよね!」
「ああ。コモリのとこも悪くなかったぜ」
「あはは、うちはまだまだだよ。それより、こんどの音楽祭で一緒にやれてうれしいなあ。」
しばし、懐かしい話に花が咲く。それぞれのメンバーを紹介し合うと、皆で3階の音楽室へと移動した。


音楽室の重い防音扉を開けると、いろいろな制服の高校生が何十人もいた。
それでも狭さを感じさせないこの部屋の奥行きと広さに、またもや聖秀高校のメンバーは驚きを隠せない。


「あれ、ソリストの・・・」
何人かの女生徒が吾郎に気がついてすこしざわめいた。
それに気づいたのか、指揮台の上で、スコアを片手に、草野と話し込んでいた寿也が
こちらに振り向き、吾郎と目があったが、軽く微笑んだだけですぐに話に戻ってしまった。

(やっぱ、嫌われちまったかな・・・?)

吾郎が自嘲気味につぶやいた言葉は、誰にも聞こえなかった。




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