<第 11章 灼熱のステージ>







ラフマニノフ作曲 ピアノ協奏曲 第2番  ハ短調



〜第三楽章〜  


※ 曲が流れます!!ご注意ください。 
  <第三楽章 > (11:42)











オーケストラのユニゾンのすぐ後に、華麗なピアノのソロが始まった。


寿也は、このステージではじめて、少し緊張しながらタクトを振った。
何度もつまずいたこの楽章。



_______絶対に合わせてみせる!


目が廻るような激しい旋律が次から次へと現れ、吾郎の手がまるで踊るように鍵盤の上を行き来する。
オーケストラは寿也の指揮のもと、一糸乱れぬ見事なまとまりを見せた。
そして、こんなにも速いテンポなのに、一音一音はっきりと、見事なまでに弾き切った吾郎に、
寿也の胸が熱くなる。メンバーたちは演奏しながら賞賛の視線を送り、観客席からはため息が聞こえるようだった。



________おとさん、聴いているかい?



吾郎は一瞬だけ、空を仰ぐように、その父を思った。
観客席のどこかで、最愛の父親が、やさしく見守っているような気がした。



やがて、弦楽器による壮大な美しいメインテーマが流れる。
コンマスの眉村のバイオリンがひと際美しく響き渡った。


やがて主役はピアノへと移り、吾郎はまるで、
あの日その腕からすり抜けてしまった寿也を愛しむかのように、甘く甘く歌い上げる。


(吾郎くん・・・)


それに答えるように、寿也のタクトが美しく宙を舞う。
瞳を閉じれば、まるで彼の腕に抱かれているような錯覚に陥った。


曲が終盤へと近づくにつれ、オケもピアノも最高の盛り上がりを見せる。
次々と襲いくる美しい音の津波に飲み込まれ、観客は夢うつつに酔いしれる。


そして、オケの音がピタリと止むと、
吾郎の見せ場とも言える、カデンツァに差し掛かった。
飛び散る汗が、スポットライトの光にあたり、キラキラと輝いた。

ほんの数小節だけなのに、会場内はおろか、
ステージ上のすべてのメンバーの心を奪う、燃え上がるようなピアノの旋律。


吾郎は目を閉じて深く曲に入りこんだまま、まるで自分の一部のように鍵盤を操り、
最後の高音の前にほんの少しだけ音を溜めると、

一瞬だけ目を開けて、寿也を見た。


______寿。 どうだ?これが、俺の音楽だ。


指揮台の寿也は、少し瞳を潤ませながら、しっかりとその眼差しに答えた。
この曲を通して自分に流れ込む、溢れんばかりの吾郎の愛を、
今の寿也はしっかりと受け止めることができた。



______寿也・・・。
______吾郎くん。 





二人の魂が触れ合った瞬間だった。





確かに彼らは、愛し合っていた。





そして、協奏曲は最後まで美しく、荘厳なまま、終わりを迎えようとしていた。

何度も登場したメインテーマが、最高潮の盛り上がりを見せる最後の見せ場。
すべての力を出し切るかのように歌うオーケストラと、一心不乱に弾き続ける吾郎。
寿也の額にも汗が滲む。




最後の和音。





寿也のタクトが振り切られ、吾郎の手がピアノから離れた。






一瞬の静寂のあと、最後の響きの余韻を味わう間もなく、
観客が総立ちになって送る拍手がいつまでも鳴り止まない。






すべては、この瞬間のためにあった。








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