<最終章 旅立ち>
カーテンコールに応え、何度も舞台袖から舞台へ戻る吾郎と寿也。
最後に舞台上で、互いに握手したときだった。
吾郎が誇らしげに寿也の右手を掲げたので、観客の拍手はますます大きくなり、
それはまるで寿也一人を称えるようだった。
「・・・吾郎君、やりすぎだよ。」
小声で囁いてみても、聞こえているようには見えない。
二人の姿は、まるでヒーローインタビューのお立ち台に上がったバッテリーのようだった。
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寿也は、舞台から降りるとすぐに、早乙女顧問から呼ばれて、しばらく控え室にいた。
そのため、彼がようやく楽屋に戻ったときには、生徒たちはもう、ほとんどそこにはいなかった。
「どこにいたんだ?皆、探してたぞ?」
「あ、薬師寺、ごめん。顧問に呼ばれてて・・。みんなは?」
「もう撤収作業も大体おわったからな。・・・先に打ち上げ会場に行ってるやつらもいる。」
「佐藤」
薬師寺の後ろから現れたのは眉村だった。眉村は寿也に近づくと、右手を差し出した。
「・・・・素晴らしかった。」
「それはこっちのセリフだよ。コンマス、おつかれさま」
彼の心からの賛辞に、寿也は素直に喜びを表した。
美しい彼の音色が、まだ頭の中でこだましていた。
「あの・・・・ソリストの・・・茂野君は・・・・?」
「そういえば、終わってから見かけていない。」
「ありがとう。じゃあ、探してくるよ。」
寿也の笑顔にホッとした薬師寺が、あとで打ち上げ会場で会おうな、と言うと、
寿也はいたずらっぽい顔で答える。
「もちろんだよ。 それより、君たちこそちゃんと来なよ?
まあこのまま二人で消えちゃっても、僕がごまかしてあげるけど。」
その言葉は、幸せそうな恋人たちを赤面させるには充分すぎた。
寿也は笑いながら、二人を残して、荷物をまとめて楽屋を後にした。
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舞台の幕が降りた後も、ホールや会場の入り口は、まだたくさんの客と、
家族や友人とのひとときを過ごす出演者でごったがえしていた。
「わ、指揮者がきたぞ」
「感動したわー」
「あ、ありがとうございます・・・」
広いホールだった。寿也は吾郎の姿を探しながらも、
観客や、出演者たちから、次々とねぎらいの言葉をかけられ、
なかなか先に進めない。
「佐藤さん、時間ですからこっちに来てください。」
群集に囲まれて身動きできなくなっている寿也を助けたのは大河だった。
強引に寿也の腕を掴むと、そのまま会場の外まで一気に連れ出した。
「・・・ありがとう。清水くん、助かったよ。」
「何してるんですか!?こんなとこで!探してたんですよ?」
「ごめ・・」
「茂野先輩!もう行ってしまいましたよ!」
「え・・・・?」
「今夜の飛行機で、アメリカに帰るそうです。・・・・やっぱり知らなかったんですね?」
それをきいた寿也の体はもう、走りだしていた。
その後ろ姿に向かって、大河は大きな声で、吾郎の便名を伝えた。
寿也は右手を上げてありがとう、と叫んで、振り返りもせず駅へと向かう。
大河は、やれやれと胸をなでおろした。
アメリカで倒れた、師匠ギブソン氏の望みにより、次のピアノコンクール出場が決まった吾郎が日本にいられる時間は、
今日の音楽祭までが精一杯だったのだ。
メンバーの誰一人知らなかったことだが、本番後、さりげなく出て行こうとした吾郎を、大河が見逃すはずはなかった。
(・・・・・間に合うといいんだけど。)
心から、大河は願った。
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