「吾郎くん!!吾郎くん!!」






結局、空港まで来てしまった寿也。
今日出発する便はもう残り少ない。
さすがに人気が少ないとはいえ、この広い空間で、
彼をみつけられるのかどうか・・・・。
無我夢中で走りまわっているうちに、出発時刻が迫ってくる。


(もう・・・・・出国手続きしちゃってるかな・・・・・。)



それでも走り回る。
もう、あのときのように、一人で悲しむのは嫌だった。

ちゃんと彼に伝えよう。


今日のステージのこと。
今までのこと。
そして、これからのこと。


僕は・・・・・。


「そろそろ、ニューヨーク行き、最終じゃない?」


すれ違い様に聞こえた、若い女性の言葉に思わず振り向いた。



遠くに見える、背の高い、後ろ姿。
見間違う筈はない。


「吾郎くん!!!!」


ありったけの声が届く。


驚いたその人物が振り向いた。


「寿也!」


「・・・・・よ・・・かった・・・間に合って・・・」

息切れしながらも、笑顔を向ける。


「・・・・悪ぃ。急に戻ることになって・・・・・・・。」


後ろめたさから、言葉を濁す吾郎に、いいんだよ、とやさしく言う寿也。


「吾郎君・・ありがとう・・・」


「え・・・? 」

「きいたよ・・・。音楽祭で、君がピアノコンチェルトを演奏することを提案したこと。
 そして・・・僕を指揮者に指名してくれたこと・・・・・。」


「・・・なんだよ。この際、もう、黙ってようかと思ったんだけどな。」


先ほど早乙女顧問から聞いた話だと、いくら期待の若手ピアニストとはいえ、
強引な吾郎の態度は、眉をひそめる大人たちも少なくはなかったという。
だが、結果として、今日の素晴らしいステージの出来が、吾郎のさらなる評判を高めることとなった。


「俺の我侭だったんだ。コンクールのお前を見て、どうしても・・・・一緒にやりたくてよ。
 でも、一緒にやれてホントに良かったぜ。すげー・・・楽しかった・・・・。」


バツの悪そうな顔をしながら、それでもうれしそうな吾郎に、寿也は臆することなく、
素直に気持ちを伝えようと思った。


「今日のステージを見て、いろんな人が僕を評価してくれたんだ。
 だから、もういちど、音楽の道に進むこと、うちの顧問と相談して・・・・・ 決めたよ。」


寿也は晴れ晴れとした顔ではっきりと言った。


「僕は指揮者になるよ。 そしていつか、もう一度君と共演するんだ!」


「寿也・・・・。」


そのときの吾郎の心からの笑顔が、何よりの祝福だった。
二人はしっかりと握手する。



「待ってるぜ。俺もお前に恥じないピアニストになってみせる。」

「ありがとう吾郎君。君のおかげだよ・・・。君が・・・君が教えてくれたんだ・・・僕が本当にやりたいことを。」

「いや、お前が決めたんだよ。」


いつまでも離さないその手をチラリとみると、寿也は少し照れながら、なにやらまだ言いたげで。


「・・・・それと・・・僕は・・・・」

「ん?」

「・・・・僕は・・・・やっぱり君のこと・・・・。」


寿也が言い終わらないうちに、吾郎はその手を引いて寿也をぎゅっと抱き締めた。
そして、背中をポンポン、とやさしく叩く。
アメリカナイズされた吾郎のそれは、別れを惜しむ友人へのあいさつにしか見えかったのだろうが・・・。


「・・・・わかってるって。お前の気持ち、あのステージで俺に伝わらないとでも思ったのか?」

「え・・・?」


そして、人目をはばかって、一瞬だけ寿也の頬に軽く口づけると、
「俺も愛してるぜ、寿也」
とそっと囁いて、笑いながら、寿也を開放する。


あまりにも素直で、あまりにもストレートなその言葉に、
うれしさと驚きと拍子抜けで、寿也はしばし呆然となってしまった。


それでも、優しく自分を見つめる吾郎を見てるだけで、
しばらく会えないことへの切なさと、恋しさからほんの少し涙ぐんでしまう。


思わず強がって、
「全く。あいかわらず大胆だね。よくこんなところで恥ずかしげもなく・・・」
と言ってみた。
心の中は、幸せな気持ちでいっぱいになっていた。


「寿也・・・。離れてたって、これからはいつも一緒だろ?」

「吾郎くん・・・。」

もういちど、しっかりと手を握りあうと、やはり切なさがこみあげる。



いつだって、吾郎は寿也の太陽なのだ。
寿也は心の底から、彼を愛おしい、と思った。
その気持ちは、寿也の体をじんわりと、やさしくあたためてくれる。
それだけで、幸せなんだと、やっと気付いたのだ。



そして吾郎は、もう寿也への気持ちに迷いはなかった。
吾郎の音楽は、寿也そのもの。
時に熱く、時にやさしく、吾郎を包み、そして開放する、かけがえのない愛。
たとえ離れていても、寿也がいるからこそ、自分は存在できるのだと、今の吾郎には
はっきりとわかっていた。



見詰め合う二人は、いつまでもその場を離れることができない。


だが、非情にも、最終搭乗案内アナウンスが流れる。
吾郎の乗る便だった。


お互いの手が、離れた。


「じゃあな。」


「・・・うん。元気で!」


「しっかり勉強しろよ!」


「吾郎くんこそ!」


何度も何度も振り返りながら、吾郎がエスカレーターへと進んだ。

そして、最後にもういちどやさしく微笑むと、吾郎はもう振り返ることなく、階下へと消えてゆく。


吾郎が軽くあげたその右手が見えなくなると、寿也もくるりときびすをかえして、
空港をあとにすべく、歩き出す。

涙はなかった。
その瞳には希望が溢れていた。
寿也はうつむくことなく、星空の下を軽やかに歩いて行く。





そう、今彼らは、しっかりと同じ道を歩いていた。

いつか二人で、世界を魅了するステージを創り上げるその日へと続く、

光に満ちた道を。

















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