Winter in N.Y    
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最終日の朝のことだった。
明日、薬師寺は帰国する。
眉村も一度テキサスの自宅に戻り、家族と共に日本へ帰ることになっていた。


世界一の街を連日歩き回ったせいで、二人とも寝坊した。
特に薬師寺は、慣れない英語に神経を使いすぎたのか、
頭が痛いと言って動かない。

「いいから起きろ。ニューヨーク最後の一日をベッドで過ごすつもりか。」

頭からシーツをかぶっている男に、バスルームから出てきた眉村は枕を投げつけた。

「うるせーな!」

頭にきた薬師寺が起き上がって抗議する。

「今起きようと・・・」

眉村に向かって文句を言いながら、ふとその近すぎる距離に気付き立ち止まる。
薬師寺は肌蹴た寝巻きをベッドの中で脱ぎ捨てていたので、上半身裸のままだった。
同時に、眉村がまだ髪も濡れたまま、
バスタオルを軽くはおっただけ姿であることに動揺してしまった。
一方のかつての恋人は、鍛えられた薬師寺の体から困ったように視線をはずす。

「悪い・・・・・。」
「…。」
「出かけようか。」

とうとう、ごまかせなかった。
日に日に思い出してしまう、過去の秘め事。
やはり、自分たちには乗り越えることができないのだろうか。

このまま部屋にいてはいけない気がした。
二人は手早く身支度を整えた。



午前中はデパートを覘いて、土産物を買い揃えた。
ピザが評判だというイタリアンレストランで遅いランチをとると、
セントラルパークを歩いた。

カサカサと落ち葉を踏みしめながら、木々の間を彷徨う。
二人でこんなにゆっくりと戸外を歩いたのは何年ぶりだろうか。
今日は何故か、会話がはずまない。
僅かに重たい空気は、きっと寒さのせいだろう。
そう、思いたい。


◇◆◇


高校時代、親密だった二人の関係は、
ある時突然恋へと変わった。

一番近くにいた存在が恋の相手だと気付く時
異性だろうと同性だろうと、偽りない気持ちは止められなかった。
一緒にいる心地良さだけでは足りない。
若さゆえの熱情は、惹かれあう二人に一線を越えさせた。
卒業してからもそれは続いた。

恋しくて。
苦しいほど会いたいと願った夜が何度もあった。
だが時を経て大人になってゆくうちに、
いつしかその痛みは消え、淡い信頼だけになっていた。

プロとして経験を重ねると、昔のように想い焦がれる気持ちよりも、
お互いを一流のプレーヤーとして認める思いが強くなっていくのだろうか?
体を重ねる夜よりも、野球について熱く語る日が多くなる。
自然と二人だけで会う機会が減ってゆく。


恋の炎が消えかかり、友情の灯火がつきはじめた矢先。
別れを切り出したのは眉村だった。
薬師寺は驚きながらも、いつか下さなければならない決断だと素直に頷いた。


その後、眉村が高校時代の恩師と恋仲になったことをきいても、
不思議と胸の痛みはなかった。
眉村のことを思って、
真剣な交際に躊躇する彼女を密かに説得したのは彼だった。


だから、眉村から直接結婚の報告を聞いたときは素直に喜んだ。
彼女によって眉村健がさらなる飛躍をとげることは間違いないのだ。
友として、これほど喜ばしいことはなかった。


◇◆◇


消息は知りたくとも、それ以上は立ち入らない。
相手の無事と、活躍をきけばそれだけで安堵する。
今はもう、旧友と呼べる、静かな付き合いだった。


なぜ、そこに波風をたてるのか。
薬師寺は苛立ちを隠せない。
心の奥底に眠っていた感情が、ゆらゆらと目覚め始めていた。
必死に押し殺す。


「どうしてこんなことを?」

二人でいられる時間は残り少ない。
薬師寺は思い切ってきりだした。

「まさか、ヨリを戻したいとか言うなよ?
俺、最近新しい彼女できたんだ。今度こそ結婚するからな」

茶化すように言ったが、嘘ではなかった。
眉村以上に愛せる存在ではないけれど、
薬師寺もまた、穏やかな幸せをつかみかけていた。


「そうだと言ったら?」


眉村の言葉に、薬師寺の足が止まる。


「何だと・・・?どういうつもりだ?」


痛みを伴わずに綺麗に忘れることができた昔の恋を、
こんなところで再燃させてどうしようと言うのか。


「お前を、忘れたくない。」


何を言っているのかわからない。
薬師寺は怒りに震えている。


「俺は忘れたんだ!もう思い出させないでくれ。」

「もう一度お前と向きあいたい。」

「これでよかったんだって思うためにか?
 自分が幸せであることの再確認か?ふざけるな!」

「そうじゃない。薬師寺…!」


元々、眉村は表現豊かなタイプではない。
上手く言葉にできなくて、彼は唇を噛み締めてうつむいた。

「火遊びなんかに付き合えるか。馬鹿にするな!」

薬師寺はたまらなくなって、眉村を残して走り去った。
セントラルパークの空はどこまでも青く、
冷たい空気が透き通る。






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