Winter in N.Y    
<5>






二人は、無言のままベッドに倒れこんだ。
見詰め合う瞳が妖しく光る。

すこしずつ着衣を脱ぎ捨て、夢中で相手を求めた。
もう何年も肌を重ねたことはないというのに、
まるで、昨日も愛し合ったような既視感がよぎる。

きつく抱き締めあったまま、キスを重ねる。
薬師寺の唇がゆっくりと下に降りてゆく。
眉村は覚悟を決めたように、しっかりと瞳を閉じる。

柔らかな愛撫と優しい吐息。
狂おしいほど、官能的な刺激。
こんなにも美しい身体を薬師寺は知らない。
こんなにも優しい手を眉村は知らない。

触れてみてわかる本当の気持ち。
何もかも忘れて二人で堕ちてしまえばいい。



だが薬師寺は体を離した。



「・・・・・・やめよう。眉村。」

その瞳は落ち着いていた。

「もう、遅い。同じことだ。」

「それでも。」

自分の首に回された眉村の腕を、薬師寺はそっと解いて起き上がる。
座した薬師寺をまっすぐにみつめながら、
眉村も上体を起こした。

「俺がすべて背負う。」

覚悟を決めた強い眼差し。
ああ、マウンドに君臨するエースの瞳。
苦しい程の愛しさが募る。

「・・・できないよ。」

薬師寺は力なく首を振る。
体中が燃えるように熱い。
このままどこかに連れ去ってしまいたいほど、彼が欲しい。
それでも、今この場で「何も無かった」ことが 
この先の二人の未来に続く唯一の道だと確信していた。


想いのすべてをこめて、薬師寺ははっきりと言った。

「・・・・・恋は終わってるんだ。それを、確かめに来たんだろ?」

はじかれたように眉村は顔を上げた。

「な・・・ぜ・・・・」

「無理するな。」

眉村は俯いた。
一筋の涙が光る。

「……すまない…」

頭を抱えるようにして、眉村は顔を背けた。
薬師寺はちいさく、やっぱりそうか、と言って目を伏せる。

「自分勝手な俺を…許してくれ薬師寺!!」

眉村の美しい瞳が悲しそうに揺れた。

愛するが故に、別れたはずだった。
ずっと変わらずに心の奥底にあった、薬師寺への想いを、
一生抱えていくつもりだった。
それなのに、いつしか胸の軋みは無くなり、
恋人との記憶はただ、甘く優しい薄らかな思い出へと変貌してゆく。

眉村が言った。

「俺は…たとえ離れてもお前を想うことをあきらめたくなかった。」

「・・・・・・知っていたよ。」

「それなのに……大切なものが、まるで昔の映画のように、色褪せてゆくんだ。」

「忘れていいんだ。もう・・・十分だよ、眉村。」

眉村は自分だけが幸せになってゆく罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
一度は離れた薬師寺の気持ちが、今は消えていないことを薄々感じていた。

「だったら、いっそのことお前と罪を背負って生きて行こうと……。」

彼を一人にしたくない。
それくらいなら、人の道を外れよう。
結果として薬師寺を巻き込むことになっても、背徳の道を選ぼうと思ったのだ。

「そんな・・・」

「愚かなことだと、わかっていても・・・それでも・・・」

その先を言えない眉村は、ただただ何度も許しを乞う。
おそらくそれは、薬師寺だけに向けられたものではないのだろう。
か細い声だけが、暗い部屋に響く。

薬師寺は天を仰いだ。
こぼれそうな涙を食い止めるために。

かつて眉村が別れを決めたのは、一生薬師寺を愛することができる自信があったから。
別々の道を歩いても、永遠に恋の炎を抱き続けることができると信じていたから。
今の薬師寺にはそれが痛いほどよくわかった。


今度は、自分の番だ。
眉村を、自由にしてやりたい。


「ずっと苦しませてごめんな。」


薬師寺は微笑んだ。
はらはらと涙を流す眉村を、そっと引き寄せる。


「さよならのキスをしよう。」


この先二度と重なることのない唇を慈しむ。
かつてないほど、優しく。甘く。
おずおずと互いの背に回した腕が、二人を包む。
その抱擁は、どこまでも優しく、何もかもを溶かす。



奇跡が訪れたのはその時だった。
二人は暖かな光のような幻想を見た。
光の中にはお互いしかいない。


なんということだろう。
辛かった分、離れて思っていた分、
すべてが一度に訪れて、気が狂いそうなほど幸せで。
そして、何故か穏やかで。
皮肉なことに、つきあっていたころよりもずっと満ち足りた瞬間だった。
さまよい続けた暗闇が晴れ、心から愛する人のぬくもりを感じていた。



かけがえのない愛。
やっと向き合えた真実だけがそこにある。



「眉村……俺、今すごく幸せだよ。」

「何故だろう。俺もそうだ。」



愛してる。
かつて口にする度、胸が痛かった。
今なら迷うことなく、心から言える。



愛してる。
互いに何度も伝え合う。
今まで言いたかった分も。この先決して言えない分も。



旅立ちの時刻まで、二人はずっと、優しく抱き合っていた。
身体を繋げなくとも、かたく結ばれた魂がそこにあった。
今度こそ、本当に恋は終わり、永遠の愛に変わっていた。



愛してる。
何度生まれ変わっても、きっと。






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