Winter in N.Y
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空港へと向かう途中、
もう一度ロックフェラーセンターのツリーが見たいと言ったのは薬師寺だった。
今日はクリスマスイブだ。
多くの人が集っていた。
日本ならふたりでこんな場所に来ることは叶わないだろう。
でもライオンズの人気選手も、地元テキサスでは知られたルーキーピッチャーも、
ニューヨークという大きな器の中では、ただの一アジア人でしかないようだ。
「誰も、<俺たち>だとは気付かねぇ」
「当たり前だ」
いささか拍子抜けした薬師寺を見て、眉村は笑った。
日の落ちた空に、ライトアップされたツリーが映える。
その前にあるリンクでは、スケートを楽しむ人々がくるくると動いている。
日本で見る現代的なイルミネーションとは趣が異なり、
どこかクラシカルな装飾は異国情緒を感じさせる。
「明日は、お前の誕生日だな。」
「ああ。」
「一日早いけど、おめでとう。それから・・・・・・メリークリスマス」
薬師寺の言葉に、眉村が驚く。
そして少し照れたように頷いた。
昔は毎年二人でその日を過ごしてきた。
世間ではお祭り騒ぎの祝日だけど、俺には「お前の誕生日」だから__。
頑なに薬師寺がクリスマスを拒んだ思い出が蘇る。
「そろそろ、行こうか。」
「そうだな。ここで別れよう。」
幸福な時間は終わろうとしていた。
ニューヨークには空の玄関が複数あり、薬師寺が日本に帰る便と、
眉村がテキサスへと向かう便は、それぞれ違う空港だったのだ。
偶然なのか、必然なのか。
世界で最も有名なクリスマスツリーの傍で、
名も無い恋が消えてゆく。
大通りに出た。
眉村はタクシーを止めると、
国際線の時間を気にしながら、薬師寺を先に乗せた。
「楽しかった。」
「俺も。」
もはや涙の色は無かった。
眉村が外からドアを閉める。
多くの人が行き交う道は、渋滞していてなかなかタクシーは発進しない。
二人は視線を離そうとせず、窓ガラス越しにずっと見詰め合ったままだった。
しかし、ついに車は動き出す。
薬師寺はそっと右手を上げた。
眉村は思わず二、三歩追いかける。マフラーが風に揺れる。
その姿を目に焼き付けるように、薬師寺は目を伏せた。
ワンブロック先で車は左折した。
眉村がまだ同じ場所で見送ってくれていることはわかっていても、
薬師寺は振り返らなかった。
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