「BENTO男子」 







それからというもの、吾郎はちょくちょく寿也の所に来ては昼食を共にした。
それは、コンビニでおにぎりとお茶だけを買って隣にすわり、
当たり前のように弁当箱からおかずをつまみ食いするということだった。

はじめこそ楽しいひと時だとおもってはいたが、
毎日おかずをねだりにくる後輩に、寿也はどうしていいかわからなくなっていた。
しかも日に日に吾郎が食べる量は増えてゆく。
寿也は必然的におかずの量をこっそり増やすハメになった。
手間もコストも大幅にアップした現状に、寿也はため息しか出ない。

「僕は餌付けをしてしまったのだろうか……」

以前よりずっとぎゅうぎゅうに詰め込まれた弁当箱を出すと、
今日も変わらぬ能天気な声と共に茂野吾郎がやってきた。

「トシさーん 今日も一緒に食べましょうよー」

「君は僕に恨みでもあるのかな…?」

「え?なんすか?」

大きなため息と共つぶやいた嘆きは、吾郎に聞こえてはいなかった。

だがとうとう、悲劇は起こった。
最後に食べようと思っていた特製の大学イモ。
昔、祖母が作ってくれた大好きな味を真似て、
今日は最高に上手くできたと思っていた。
だが、早々におにぎりをたいらげた吾郎が、何の断りもなくそれに箸を伸ばした。
嫌な予感は的中し、吾郎は一口、二口、そしてとうとう全部食べてしまったのだ。

「茂野くん!そんなに・・・」

「いいじゃないすか。俺、これ大好きなんですよ。ケチケチすんなよト・シ・くん。」

「そういう問題じゃないだろ!」

悪びれもしない後輩の表情に、さすがに怒りが沸き起こる。
そのとき、会議室で食事をとっていた女子社員のグループが、
ワイワイ話しながらフロアに戻ってきた。

「ちょっと来たまえ。」

そのまま、寿也は吾郎とともに屋上へ飛び出した。
たかが弁当のおかず、されどおかずなのだ。
何よりも、食べ物の恨みは恐ろしいということを、
いい加減この男に知らしめてやらなければ。

「君、前から言おうと思ってたんだけど、いくらなんでも・・・」

「すいません!悪ふざけが過ぎました。」

吾郎は潔く頭を下げた。寿也は出鼻をくじかれる。

「……わかってるなら、その…どうして…。」

急に自分が小さな男に思えて、それ以上言葉を続けられない。
そんな寿也に、吾郎は思いつめたような顔で答えた。

「嫉妬です。」

「は?」

「最初は、おすそ分けに感謝してたんですが・・・その・・・。」

「何?」

「イライラするんです。寿也さんが彼女の弁当食ってるって思うだけで。」

「……!?」

昼休みも終わり、誰もいなくなった屋上は少し肌寒い風が吹いている。
それなのに、吾郎の言葉の意味を必死で理解しようとすればするほど
汗が滲んでくるような気がした。

(な、なんだよこれ?え、妬きもちって…?)

「一緒に飯食ってる時の寿也さんは、
仕事中の厳しい顔と違ってなんかすごく、可愛くてその……」

大きな体がやけに小さく見える。一体この男は何を言っているのだろうか?
寿也は何度も瞬きしながら、じっと彼を見つめた。

「あああもう!だから、寿也さんに、食わせたくなくて!」

「何を言ってんだよ。どういうことなの?ちょっと落ちつい……んんっ!」


それは突然のキスだった。
吾郎は矢のような速さでしっかりと寿也の両肩掴み、その唇を奪ったのだった。
寿也は、あ、と小さく驚いた。
その瞬間、吾郎は少し開いた隙間に強引に舌をねじ込ませ、乱暴に中を掻き回す。
全く動けない寿也の温かな口内をひとしきり味わうと、
吐息とともに寿也を抱き締める。

「こういう…ことです。」

「茂野…くん?」

「おかしいって思われてもいい。俺、あんたのこと本気で好きなんです。」

「…え!?」

それだけ言うと、彼はクルリと踵を返し走り去る。
残された寿也は固まったまま立ち尽くすことしかできない。

「……え……?」

大声で叫びだしたいほど混乱していた。
だが午後の仕事は待ってはくれない。
寿也はふらふらとした足取りで席に戻った。
外出したのかフロアには茂野吾郎の姿は既になく、
寿也はその日、彼に会うことなく退社した。





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2010.5.3