平蔵さんに捧げた 56104リーマンパラレルです。
後輩社員吾郎 × 先輩社員寿也
佐藤寿也は彼女の手作り弁当持参で出社する。
それは、フロアの女子社員があきらめとやりきれなさと共に囁く「常識」だった。
「BENTO男子」
静かになったオフィスで、佐藤寿也はいつものように昼食を取る。
お茶入ったペットボトルと共に取り出されたのは紺色で和柄の巾着だった。
中から出てきた二段重ねの弁当箱はかなり大きめだ。
蓋をあけると上段に甘辛く煮付けた肉団子とニラ入りのたまご焼き、ゴマ和えのほうれん草と、
プチトマトが彩りよく納まっていた。
一方の下段に詰め込まれたご飯には雑穀が入っている。
さりげなくふられたゴマシオが、シンプルかつ穀物の旨みを引き出す脇役として光っている。
美味しそうな見栄えに自然と口元がほころぶ。
寿也は胸の前で両手を合わせ、小さな声でいただきますと呟いた。
誰もいないオフィスで、ゆっくりと働き盛りの胃袋を満たしていたところだった。
「お食事中すいません。前年度の決算資料はこの棚にありますか?」
後ろから声をかけられ箸を片手に振り向くと、
最近横浜支店から本社に異動してきた茂野吾郎が立っていた。
「あれ、茂野くん、今日は課長と一緒に外出じゃなかったの?」
「それがちょっと手間取って、課長はこっちに戻れなくて次の取引先に直行ッス。
俺も資料さがしてすぐ行かねえと。」
言いながら、視線は本棚の資料を探してせわしなく動いている。
「えーと・・・。」
寿也は見慣れないファイル名に四苦八苦してる後輩を見上げた。
くせっ毛なのか、髪の先は学生のようにあっちこっちをむいている。
だが背は高くがっちりした体格はスーツ映えしており、なかなか好印象だった。
期待の若手、と囁かれるだけあって、仕事ぶりも評判のいい若者である。
「どこだろ?」
「これかい?」
寿也が指差した先に、目的の資料はあった。
「ども。」
吾郎は軽く会釈しながらファイルを丁寧にかばんに仕舞った。
そして、手にしていたコンビニの袋を見せながら言った。
「すぐ出なきゃいけねぇんで、ココでこれ、食っていいですか?」
そして寿也の返事も待たずに隣の席にどっかりと座り、チラリと寿也の方をみた。
「お、今日も美味しそうッスね。噂の愛妻弁当。」
そう言うと吾郎は開けたばかりのおにぎりを二口三口で口に押し込んだ。
寿也は何も答えなかったが、気にすることなく吾郎は口を動かし、
ペットボトルのお茶を流し込むように飲み干した。
「うらやましいっすよ。」
今度は寿也の顔をしっかりと見つめてから、大きな瞳を少し細めて笑った。
寿也は自分の嘘がバレたような気がして、ふ、と顔が赤くなった。
「そう?たいしたものじゃないよ。」
急いで箸を進めて、その場を取り繕った。
寿也の弁当は自分で作ったものだったのだ。
流行の言い方で言えば「弁当男子」である。
元々料理をするのが性に合っていたのだろう。
ある時、自炊で余った食材を活用しようと、ためしに作ってみたところ、
自分好みの味付けとその美味しさにすっかり夢中になってしまったのだった。
しかも、手作り弁当は経済的で外食よりも栄養バランスがいい。
以来弁当作りは寿也にとってはむしろ趣味といってもいい密かな楽しみとなった。
ところが、初めて弁当を持ってきたその日。
誰かが「彼女の手作り弁当だ」と言ったがために、真実は永遠に隠蔽されることとなった。
慌てて訂正しようと思ったが、ふと寿也は気付いたのだ。
恋愛のもつれからセクハラ告発への逆恨みも珍しくないこのご時勢である。
事実、その美貌と優しそうな印象から、寿也に言い寄る女性社員は後を絶たなかった。
社内恋愛ほど危険なものはない、と常々思っていた矢先に
勝手に広まった「弁当彼女」の噂は、女性を寄せ付けない絶好の隠れ蓑になる、と。
そんなことは何も知らない吾郎は、手にした冷たいおにぎりを見て大げさにため息をつく。
「いいなぁ寿也さんは、いつも可愛い彼女のお手製弁当で。それに引き換え俺は・・・」
一体どこでどう「可愛い」という尾ひれがついたのだろうと思いながら、
寿也は吾郎が少し不憫になった。
そっと、一切れの卵焼きを彼に差し出してみる。
「よかったら少し食べるかい?」
「え、いいんッスか!?」
瞳を輝かせた後輩は、喜んで頷いた。
そして、そのまま顔を近づけ、口を大きくあけたのだ。
明らかに「食べさせてもらう」つもりである。
寿也は驚いたが、吾郎の顔は少し間抜けで、でも何故か憎めない。
一瞬止惑ったが、寿也は結局彼の口にお手製の卵焼きを放り込んでやった。
すると。
「うめぇ!!」
心底幸せそうな顔をして、吾郎が言った。
「それはよかった。」
平静を装いながらも、内心は料理の腕を認められたような気がした寿也は、
自分でも気がつかないくらい優しい笑顔になっていた。
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2010.5.3
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