「始まりを告げる鐘」2 年が明けたら、プロ野球選手として、寮生活やキャンプが始まるだろう。 3年間、寮生活で誰と仲がよかったかといえば、やっぱり眉村だった。 冬休み直前の落ち着かない寮内で、薬師寺は窓の外を見上げた。 普段あまり感情を露わにしない眉村は、何故か自分だけには様々な表情を見せた。 馬鹿みたいに笑ったり、イライラしながら愚痴をこぼしたり。 移動バスの中で、自分に寄りかかり居眠りする無防備な姿。 それら毎日当たり前のように見てきたことが、 あと数ヶ月もすれば、思い出の中にしか存在しなくなる。 なんとなく寂しい気がして、眉村を誘った。 「外・・・行かね?」 「こんな日にか?」 「クリスマスだからなんか楽しいことでもやってるだろ?」 ちょうど、彼も帰省準備が終わり、手持ち無沙汰にしていたようだった。 適当に理由をつけて、二人で出かけた。 今日が彼の誕生日だということも知っていたが、そこまで言うのも照れくさい。 気分はそう、チームメイトとしての友情を、この先も確固たるものにするための「お別れ遠足」。 薬師寺は、そんな軽い気持ちで、眉村を連れて映画館に入った。 館内には、「いわゆる仲睦まじい二人連れ」がやけに目に付いた。 そういえば、「彼女」と過ごすようなクリスマスには縁がなかったな、とぼんやりと思った。 振り返れば野球付けの3年間。 全国的に名の知れた野球部員である自分たちには、 ファンレターやプレゼントが山ほど届くと聞いた。 だが、それは卒業まで学校が預かっているという。 どれほどあるかは知らないが、3年分の身知らぬ相手からの贈り物に実感がわかず、 もらったら一体どうしようかと思案してみた。 「彼女・・・ね・・・」 プロ選手になれば、そのうちいい女に会えるだろ、と、都合良く未来を想像する。 だが具体的な光景は浮かばない。 それよりも今はこのほうが楽しい、と隣を見た。 薬師寺の視線の先では、眉村がポップコーンを食べながら スクリーンを凝視していた。 目元から鼻先へ伸びる整ったラインをジッと見つめる。 相変わらず、綺麗な顔をしている。 騒がしい映画の画面より、よっぽど飽きない。 薬師寺は、何故か眉村の横顔を眺めるのが好きだった。 マウンドで見るその顔は、頼もしいエースの顔。 超高校級といわれる、球界の期待の星。 崇高な面影はそのままに、こうして野球と離れたところで見る彼の表情は、 幾分幼いような、リラックスした雰囲気をかもし出す。 薬師寺の視線には慣れているのか、チラリとこちらを見たきり、 映画の世界に没頭する眉村は相変わらずのマイペースだった。 大きなポップコーンのカップを一人で抱えている。 それをほおばる彼の形の良い唇が、コーラの雫で少し濡れた。 (まただ・・・。) 薬師寺は鼓動が早まるのを感じた。と、同時に、胸の奥に染みるような刺激を意識する。 痛み?違う。息苦しさ? そうじゃない・・・。 それは、眉村と過ごす時に時折感じる、不思議な感覚だった。 慌てて目線をそらす。 すると、予想外の衝撃映像が視界に飛び込んで来た。 斜め左前に座る男女が、こっそりと唇を重ねた瞬間を、 薬師寺はしっかりと見てしまったのだ。 映画やドラマで見るキスシーンとは違う、リアルな艶かしさを肌で感じた。 顔がどんどん赤くなるのがわかった。 「出るぞ。眉村」 「あ・・・?」 「面白いか?これ」 「・・・面白くはない・・・が・・」 「じゃ、行くぞ。」 「・・おい!?」 まだ映画の途中だというのに、薬師寺は強引に眉村を連れて映画館をあとにした。 「どいつもコイツもイチャつきやがって。」 「・・・何を怒ってるんだ?」 怪訝そうな眉村の前を歩く薬師寺の足取りは速かった。 本当は、自分自身に腹を立てていた。 映画館の中で口付けを交わす男女に 薬師寺は、あろうことか眉村にキスをする自分の姿を重ねてしまったのだ。 あまりのことにまだ胸の鼓動が収まらない。 たまたま眉村の口元を見ていたからといって、 そんなことを連想するなんて正気とは思えない。 (俺・・・今日はなんか変だ。) 「薬師寺」 「なんだ?」 「もう手を離してくれ。」 いつまでも握っていた眉村の左手を、薬師寺は慌てて開放する。 「いや、ちがうんだ、別に何の意味もなくて!!」 眉村は、時折薬師寺が訳もなく一人で狼狽したあげく、大抵一人で解決するのをよくわかっていた。 だからあまり気にせずに、それよりも映画館に併設された娯楽施設に興味を示した。 「ここに入ろう。」 「・・・は?」 有無を言わさない眉村の後を追うようにして、薬師寺はバッティングセンターに入った。 ざわめきと、耳慣れた音が館内に響く。 とたんに、自分たちのフィールドを体感する。 「俺たち何やってんだろな・・・」 「さあな・・・」 野球から開放されることを目的に遊びに出かけたのに、結局やってることは、いつもと同じ。 こんなことは母校の充実した施設でいくらでもできるというのに、 天下の海堂野球部員が、コインを入れて、傷だらけのバットで、 古臭いピッチングマシンに向かってがむしゃらに打っている。 でも、逆にそれが楽しいのだ。 それは眉村も同じらしい。 二人は顔を見合わせて笑う。 薬師寺は胸の奥が熱くなる。 ああ、俺、やっぱり野球してるのが好きだ。 そして・・・。 薬師寺は、ふと手を休めると、 隣のゲージで夢中でバットを振る眉村の姿を、目に焼き付けた。 next 2009・1・20 back to Xmas2008 |