パラレルSS< Bar Third >
<Bar Third の風景 〜scene 1 〜>
薬師寺が念願の自分の店を開いてもうすぐ二年になろうとする。
最初はいろいろと大変だったが、雇われバーテンダーの時代から自分をひいきにしてくれた客が
ここにも通ってくれるおかげで、小さい店ながらも、それなりに軌道にのっていた。
「今日は金曜だから、気合いれねーと。」
金曜日は間違いなく閉店時間が遅くなるが、逆に言えば最初の客が来る時間も遅いのが常だ。
だいたい10時過ぎから、最後までずっと満席。まあ、満席といっても最大7人。
一流のバーテンダーが一度に相手できる客の数はもっと多いんだから、それくらいできねーとな・・。
つい独り言を言っていたら、思ったよりも早く、最初の客が訪れた。
そう、この客は、いつもすいてる時間を狙ってやってくる。
愛想はいいが、時々こうやって一人になりたいタイプだ。
品のいいスーツに、洒落た時計。ひとなつっこい笑顔の下には、
ちゃんといろいろ計算できる切れ味をもっていて・・・。
「お久しぶりですね。佐藤さん」
「うん、いつ以来かな・・?」
喉の渇きを癒すように、早々にジントニックのグラスを空にすると、彼は
「マンハッタン、ロックでもらってもいいかな?」
と言ってにっこり笑った。
ショートカクテルの定番を、ロックで飲むなんて粋なやつ。
まあそれはそれで、甘さの中に時々現れるほんのりとした苦味を、
ゆっくりと楽しめていいのかもしれない。
ウイスキーグラスに、丸い氷を転がして、シェイカーから素早く注ぐ。
長年こなしてきた一連の所作でも、最後の一滴を注ぐ瞬間にはいつもほどよい緊張感が走る。
まるで居合い斬りのようだと客に言われたフィニッシュの動きは、
自分でも少し派手かな、と時々思う。
「・・・・・・・マスターは、恋人いるの?」
やけに思いつめた顔をしていたかと思えば、やはりその手の悩みか・・・。
いつもは適当に流すその問いに、今日は何故だか真面目に答えている自分がいた。
「へえ・・・。いいなあ。。。素敵な人なんだろうね。」
大抵、自分の話をしたい客のために、まずはこちらのことを少しばかり話す。
そのつもりだったのだが、それっきり黙ってしまった彼の反応を見て、薬師寺は少しばかり後悔した。
それでも、何か話したそうな雰囲気を感じ取ると、さりげなく、______片思いですか?
ときいてみる。
「ん・・・。そうだね。ずっとそうかもしれない。 一緒に仕事できるだけでうれしかったんだけど・・・
その人、会社やめるなんて言い出してさ・・・?」
彼は確か、誰でも知るような大きな広告代理店のエリート営業だ。
自分とは違う世界だからよくわからないが、そこをやめるなんて、よっぽどの奴だろう。
「あ、ごめんごめん!なんだか愚痴ってしまったようだね?これ、とてもおいしかったよ。」
(・・・・・無理しやがって。)
そんな風に強がってる客を今まで何人も見てきた。
何を思いつめてるか知らないが、たとえ道ならぬ恋だとしても,
愚痴りたければいくらでも聞くのも自分の仕事だ。
せめて、自分の気持ちに素直になれるよう、
薬師寺は精一杯の思いを込めて、次のカクテルを作った。
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2007年6月15日
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