パラレルSS< Bar Third >
<Bar Third の風景 〜scene 2 〜>
_______いらっしゃいませ
「・・・あれ?」
茶髪で小柄な少年のような姿。
それなりに着込んだ感はあっても、まだまだスーツに着られてるといったかんじから、
入社してまだ間もないのだろう。
扉を開けると、そこが小さなバーだったことが意外とでもいうのだろうか?
しばし呆然として、確かめるように手元の携帯メールを何度も見る。
______お一人様ですか?
「・・・・・いえ、待ち合わせ・・・です。」
どうやらこういった店に一人で来るのははじめてのようだ。
ちょうど客が切れたところで、目の前に背の高い目つきの鋭いバーテンダーしかいないわけだから、
躊躇しても仕方がない・・か。
薬師寺は、やれやれ、という思いから、いつもよりやさしい笑顔で接しようとしたのだが、
その前にぶっきらぼうにビールを頼まれて、すっかりその気がうせてしまった。
それでも、見たことのないような美しい泡をたたえたビールが目の前に現れ、しばし見とれている
表情を、ほほえましくも思ったりする。
彼はビールをちびちび飲みながら、棚の酒瓶をめずらしそうに眺め、時々、携帯を気にしている。
こちらが話しかけてもかえって困るだけだろうから、薬師寺はあえて背を向けて、
奥の棚のグラスを磨くことにした。
すると突然、カウンター上の携帯の音が激しく響き渡った。
そのあまりの音量に薬師寺は思わずグラスを落としかける。
当の持ち主もさすがにびっくりして、すいません、と言いながら、慌てて扉の外へ出て行った。
扉の向こうから、大きな声が聞こえる。
_____え? 早く来てくださいよ!俺こんな店だなんてきいてないっスよ?は?もう駅ですか・・・
(・・・・・こんな店で悪かったな)
聞きたくなくても聞こえてしまう会話から、どうやら待ち合わせの相手はもうすぐ来るらしいことがわかった。
それでも、電話が終わった客が戻ると、薬師寺は不快な様子を微塵も見せずに、
さりげなく次の注文をきいてみた。
「・・・はあ。 あの、メニューとかないんスか? 俺、こういうとこ、来たことないんで。」
意外と素直なその姿勢は、先ほどまで、最近の若者は・・などど思っていた薬師寺も、思わず好感を持ったほどだ。
_______ではおまかせください。
それならば、定番のモスコミュールでも、と思い、アイスピックで氷を割りはじめると、
店の扉が少し乱暴に開いて、がっしりした、ラフな私服姿の青年が入ってきた。
「よお、大河!待たせたな!」
「先輩!遅いっスよ。」
「・・・・・なんだ、茂野の連れか。」
「おいおい、客に向かってシゲノはねーんじゃないのぉ?巻き毛くん」
「・・・・・それやめろ。」
他に客がいないせいで、急に店の雰囲気が高校時代に戻ってしまった。
二人のやりとりを見て、大河は緊張がほぐれたらしい。
「・・・なんだ。お友達のお店ですか・・。どおりで。
先輩がこういう店に行きつけてるとはとても思えませんでしたよ。」
予想以上に生意気なセリフも、茂野吾郎にはなんとも効果はないらしい。
「いいだろーこの店!こいつ俺の高校のダチでよ!あ、いつものやつよろしく」
「いつものって何だよ。常連でもないくせに・・・全く・・・」
薬師寺はあきれつつも、ちゃんとラムコークにライムを多めに入れてやり、
他に客が来たらもう少しおとなしくしろよ、と釘をさした。
「いいですねえ、先輩はスーツも着ないでお気楽そうで・・・・で、何ですか?用事って・・・。」
「ん?ああ。 お前、仕事がんばってんのか?」
「・・・はあ。まあ。」
未だに着慣れないその裾をさわりながら、少しうつむいて、適当に答えてみる。
正直、営業の仕事は好きじゃない。本当は、この人のように・・・。
「・・・俺と一緒に仕事やらねーか?」
「・・・え!?」
「ほら、お前、昔っからクリエイティブやりたいって、言ってたろ? ・・・俺さ、今のとこやめて、
独立しようと思ってんだよ。」
聞こえてくる二人の会話から、薬師寺は、吾郎が広告代理店に勤めていたことを思い出した。
そして、何故かあのエリート営業マンの憂いを秘めた瞳も・・・・。
「・・・・茂野? お前・・・。」
普段、客の会話に割って入ることなど絶対にしないのだが、思わず口を挟んでしまった。
そんな薬師寺に、吾郎は何の迷いもなくはっきりと言った。
「俺、海堂エージェンシーやめるぜ。」
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2007年6月19日
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