パラレルSS< Bar Third >
<Bar Third の風景 〜scene 3 〜>
「うおーい薬師寺! 俺、おかわり!」
「センパイ、もう飲みすぎですよ。あ、薬師寺さん、もう作んなくていいスから。」
いつもは静かで品のいいはずの店が、今日はなんだか場末の居酒屋のようになってしまい、
さきほどから薬師寺はため息しかでなかった。
そんなマスターに、心から申しわけなさそうに、田代が謝っている。
「すいません、もうこいつ、帰らせますから。 清水、藤井はまだか?」
「もうすぐだと思いますけど・・・」
「るーーせーーな!俺は帰らねーよ!? くそっ!どいつもこいつも舐めやがって!」
広告代理店の最大手である海堂エージェンシーから、意気揚々と独立したのはよかったが、
大手の看板を無くした若手クリエイターに、今までのように大きな仕事が任される筈もない。
思うような仕事ができない吾郎の苛立ちはここ数日、ピークに達していた。
「よ!またせたな!車、下に止めてあるから、すぐ行くぞ。」
扉が開いて、藤井が入ってきた。元々バイク便のライダーとして、
吾郎の事務所に出入りしていた若者だったが、いつのまにか事務所の一員になっていた。
その気さくなキャラクターが幸いして、今ではムードメーカー的存在らしい。
「じゃあ、僕と藤井さんでセンパイ送っていきますから、田代さん、お勘定お願いしますね。」
「すまねーな。」
「少しゆっくりしてけよ。今度俺もつきあうからなー」
からっとした笑顔でそういうと、藤井は、もう半分寝かかっている吾郎に肩を貸し、
大河と二人で吾郎を支えながら、店を出て行った。
やっと、店内に静けさが戻った。
「マスターすいません。俺たち出入り禁止ですかね?」
「いえいえ、ちょうどほかのお客さまもいませんし。アイツは友人ですからね。」
はあ、と恐縮する田代に、大変ですね、社長さん、と付け加えてみる。
「やめてください。傾きかけた親のデザイン事務所を建て直せたのは、茂野達のおかげなんです。
社長、なんて名義だけで、あいつらがいなかったら・・・」
謙遜してはいるが、会社を経営するだけの器はある。
その業界で小さな新しい会社がやっていくのは困難を極めるだろうに、
あの茂野に小さな仕事もさせてなんとか乗り切っているのだ。
薬師寺は軽く、飲みなおしますか、と言って、質のいいシングルモルトを吟味して勧めてみた。
ほどよく酔いが回ったのか、今度は急に田代が愚痴っぽく話し始めた。
「・・・茂野は本当にいいクリエイターなんですよ。なのに、どのクライアント回っても門前払いで、
プレゼンにも参加できねえ・・・。 やりきれないですよ・・・」
背後の扉が開いて、新たな客が店に入ってきても、その熱い語りはやむことはなかった。
薬師寺は、新しい客に最初の一杯を出すと、もう一度田代の前にきて思わず話を戻してしまった。
「茂野は、前の会社をやめたこと、後悔してるんですか?」
こんなこと、本来なら部外者の自分が聞いていいことではない。
でも訊かずにはいられなかった。自分自身、友人として彼を思う気持ちもあった。
そして・・・・・。
「それはないようですよ。自由に好きなことできるのは性にあってるようですし・・・。
でもはっきりとは言いませんが、一緒に仕事したかった奴がいたみたいです。
でも、そいつのエリートコース邪魔しちゃいけないから、一人で飛び出したって言ってました。
海堂で上目指せるなんて、よっぽどの人材なんでしょう。
俺もそんなすごい営業がいるなら、ぜひ欲しいとこなんですけどねえ・・・」
いい具合に酔って饒舌になった田代の口からでた言葉に、
反対側の隅に座っていた客の手が一瞬、止まったように見えた。
田代は勘定を済ませると、領収証を丁寧に仕舞いながら店を出て行った。
もちろん、その客が海堂エージェンシーの佐藤寿也だと気付くことはなかった。
いつものように、佐藤は一人静かに、酒を楽しんでいるだけに見えた。
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2007年7月25日
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