扉を開けると、案の定、仲睦まじげなカップルが、カウンターの端と端を陣取っている。
その間に一人座る自分はなんとも滑稽なんじゃなかろうかと、カウンター越しに恋人を見れば、
彼はわざと困ったような顔をして見せた。


だが、眉村がそこにいるだけで、店の空気はピンと張り詰める。
本人に自覚はなかったが、薬師寺は密かに悦にいっていた。

バーは店だけでは成り立たない。ある種の客がそこにいて初めて、完成する。
薬師寺はそう思っていた。
眉村は、そこにいるだけで、店の品格を上げてしまうのだ。


薬師寺は、彼の好きなモルトを用意しながら、シガーを薦めてみる。
前に気に入っていた銘柄を仕入れたから、と言うと、眉村はそっと一本手に取った。


タバコは好まないが、こうして時々、葉巻を燻らせると不思議な気分になった。
今日が何の日だろうが、街中が煌びやかなお祭り騒ぎだろうが、
しばらく遠ざかっていた一人自分らしく過ごせる空間に、その身をゆだねた眉村だった。


やがて、店の客が彼だけになると、薬師寺は早々に店を閉めた。


____やけに早い店じまいだな。
____今日はいいんだ。これ以上、カップルに当てられてもかなわないし。


それが仕事なんだがな、と言いながら薬師寺が笑う。


久しぶりに見る恋人のバーテンダー姿。
きっちりとしまった襟元に、隙のない出で立ち。
その手が、その指が、くまなく自分の体を巡ることを思い出し、眉村は少し照れて俯いた。
焦ると、よけいに胸の高鳴りを感じてしまう。

だからここには来たくなかったのだ。
自分にとっては不利な、完全なるアウェイゲームだ。


心乱されたことを気取られないように、眉村は二つ並べられたシャンパングラスを見て、
それは?と訊いてみた。


「クリスマスの特別サービスさ。けっこう、好評だったんだ。これが、最後だが。」


二つのグラスの底には、それぞれ、塩漬けにされたバラが入っていた。
シャンパンを注ぐと、凍り付いていたはずの花が咲くという。
珍しそうな眉村の視線に、薬師寺は少し得意げになって、
大げさな仕草で、琥珀色の液体を注いで見せた。


ひとひら、ひとひらと開かれる薔薇の花びらが、
琥珀色の細かな気泡とともに、美しく輝いた。


二人、カウンターに横並びで座ると、小さくグラスを合わせて乾杯した。
澄んだクリスタルの音が小さく響く。
思えばここで並んで座ることは初めてだった。


「誕生日おめでとう。」
「知ってたのか?」
「忘れるはずないだろう?こっちは客商売だ。」


眉村が素直に礼をいうと、穏やかな静けさが訪れた。
やがてシャンパングラスが空になると、薬師寺がこちらを見ないで、テーブルの上に何かを置いた。

「開けてみろよ。・・・・・プレゼントだ」

やっぱり何か用意していたのかと、眉村は喜びというより、
申し訳無さの混じった顔で薬師寺の顔を覗き込もうと試みる。
だが彼はわざと反対側を向いて、バーカウンターに肘をついている。
こちらからは後頭部しか見えないというのに、振り向く気配も無い。


仕方がないから、ゆっくりと包みを開けた。小さな箱の中から現れたのは一つの鍵。


「これは・・・?」

「・・・・・大きな河沿いの、景色のいいマンション借りたんだ。」

何時だったか。二人で出かけた時、眉村が河の土手からの眺めを、
とても気に入っていたことを薬師寺は覚えていた。

「視界が広くて、そして、自然な景色が、とても好きだって言ってたろ?」

「だからってこんな・・・。」

突然のプレゼントに眉村は困惑する。

「安心しろ。最上階だが、家賃はそんなに高くない。なにせ割り勘だからな」


そう言って、薬師寺は自分のポケットから同じ鍵を取り出して見せた。
きけば、先週からそこに住んでいるという。
しばらく逢えなかったのはこういう理由だったのである。

「お前!何時の間に・・・」

出し抜かれたことに腹を立てた眉村が、殴りかかる振りをする。
すると拳は薬師寺の左手にすっ、と収まり、そのまま彼の手のひらに包まれた。


薬師寺はゆっくりと、その手をひくと、恋人を優しく抱き締める。
ガタン、と、バーカウンター用のチェアが倒れた。


「・・・もう、すれ違いばっかりは嫌なんだ。一緒に・・・暮らしたい。」


薬師寺の声が震えていた。彼の緊張が、体越しに伝わってきた。
どれほどの決意で、今日の日を迎えたのか、痛いほどわかってしまった。


昼と夜ですれ違い、客として店に来ることが少なくなった今、
会いたいときに会えないもどかしさと切なさは募る一方だったのだ。
まして仕事中に電話できる時間は無い。
目覚めたとき、隣にぬくもりがあることを夢見たこともある。


「まあ・・・いいだろう・・会社には遠くな・・・」


せいいっぱいの答えの続きは、熱い口付けによって遮られた。


フルートグラスに注がれるシャンパンのように、
恋人たちの幸せな時間が満ちてゆく。


ジャズアレンジされたクリスマスソングが、バーカウンターの
奥から静かに聞こえていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




<終>



2008年12月25日
眉村くん誕生日おめでとうv



チラっと続いたオマケは
コチラ



back to Xmas2008





back to novel menu