捏造と美化の産物 バーテンダー薬師寺くんのヒトコマ
薬眉 出会いのお話です。
パラレルstory
< Bar Third 〜はじまりの雨〜 > 1
大
(今日はきっとヒマだな・・・)
雨の月曜日。こんな日にあまり客は来ないことが多い。
(あいつが初めてこの店にやってきたのも、こんな日だったか・・・。)
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一年ほど前______。
「ひどい雨だ・・・雷か? 先に買出ししといてよかったぜ。」
一人で店をはじめてから、独り言が多くなった。
店の唯一の小さな窓にこれでもかとたたきつける雨音。にわかに降り出した豪雨は、
しばらくやみそうにない気配だった。
洗いっぱなしの髪と、ラフな私服姿で薬師寺は少し早めに店に入っていた。
開店時間までまだかなり時間はあったが、今日はカクテルに使うフレッシュジュースの仕込と、
新しく手に入れたBGM用のCDも聴きたかったのだ。
キイ、と扉が開いた。
こんな時間だから、てっきり業者が来たのだと思いこみ、
カウンターの下のストックを整理していた薬師寺は、立ち上がりもせずに、
ご苦労様です、と言ってしまった。
「すいません。」
いつもの若い兄ちゃんとは違い、やけに落ち着いた声がしたので立ち上がると、
目の前には雨に濡れた男が一人立っていた。
「あ・・・申し訳ありません。まだ開店前なんです・・が・・。」
「・・・そうですか。」
彼はすぐに出て行こうとしたが、この雨の中、その高そうなスーツのまま外に出すのも
忍びない。
「よろしかったら雨がやむまでどうぞ。」
そう言ってタオルを差し出すと、彼は申し訳なさそうにそれを借り、雨のしずくを払うと
上着を脱いで一番端の席に座った。
がっしりした体格の割には色白な肌。
短めの髪が好印象のエリートビジネスマンといったところだろうか?
雨に濡れた短めの髪が、店のライティングのスポットライトにあたり、
雫が宝石のように光っていた。
彼の一つ一つの仕草に惹き付けられている自分に気づき、
単に、職業柄染み付いた観察癖のせいだと、薬師寺は慌てて首を振る。
そして、彼が腕時計をしきりにみるそぶりにようやく気がついた。
薬師寺は、店の扉の横の小さな戸棚から、少し古ぼけたビニール傘をとりだして彼に渡した。
おそらく、大事な商談でもあるのだろう。薬師寺の申し出に、彼は申し訳なさそうに、
でも心底ほっとしたような顔で、必ずお返しします、と言って傘を受け取った。
ちょうど少し、雨が小降りになったので、彼はそのまま店を出て行った。
傘を返す必要はない、とは言ったが、もしかして、あとで、店に来るだろうか・・・?
ほんの少しだけ期待して、でもその日は思ったより忙しかったので、
薬師寺はいつしか傘の男のことなど忘れてしまっていた。
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あれから一ヶ月ほどしたある日。
いつものように、店がにぎわい、常連客と談笑していると、ドアが開いて
あの日の男が入ってきた。
あの日と変わらず、品のいい着こなしは他の客の目も奪い、
店内の空気が一瞬、引き締まったような気がした。
薬師寺は、熱いお絞りを適度に冷まし、丁寧に彼に渡すと、お久しぶりですね、と軽く微笑んだ。
男ははあの雨の日に見た開店前の暗く、少し雑然とした店内が、
シックな空間に変わっていたことに戸惑いながらも、
天井からのスポットライトで美しく浮かび上がるカウンターの木目の美しさに心奪われた。
そして、あの日の、ラフな格好の若者が、美しいダウンライトの下で、
髪をまとめ、ネクタイとベストを着こなし、そつのない接客をこなしている姿に
少し驚いているようにも見えた。
「その節は・・・・」
そういって差し出した傘をうけとると、薬師寺が「お客様」と、呼びかけたので
彼は小さく、
「眉村です。」と名乗った。
その日から、眉村は週に何度か店に通ってくるようになった。
それをなんとなく、楽しみにしている自分に、まだ薬師寺は気付いていない。
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