どこまでも青い空に、葉の落ちた木々が映える。
真冬とはいえ、快晴の週末。
高速道路のサービスエリアは思ったよりも人出が多く、家族連れやカップルでにぎわっている。
人ごみを避けるように僻地でストレッチをしていた吾郎は、
売店から駆けてくる愛しい恋人を見つけると手を振った。
「はい、吾郎くんの分。」
「おう、サンキュ!」
熱い缶コーヒーを受け取った吾郎は、早速プルタブに指をかけた。
遅い昼食後にはほどよい苦味が口に広がる。寿也は温かなココアを手にしている。
「薬師寺と眉村はまだ買い物しているよ。」
「あいっかわらず仲いいな。」
寿也の発案で、同期4人で自主トレを行うようになって久しい。
今年は山に囲まれた小さな温泉地で別荘を借りた。
少し遠いが、静かに集中してトレーニングするにはうってつけの場所だという。
荷物も多いので薬師寺が知り合いから大きめの車を借り、高速道路を走らせること数時間。
目的地はもうすぐだった。
「先に車に戻っていようか。」
「そうだな。」
寿也に促され、軽く伸びをすると二人は広大な駐車スペースへと歩き出した。
吾郎が黒いミニバンのドアに手を伸ばす。
驚いた寿也が彼の袖を掴んだ。
「吾郎君!そっちじゃないよ。こっちこっち!」
「なんだよ同じような車だからわかんなかったぜ。」
間違えた己が悪いとは露も思わぬ吾郎は、舌打ちしながら、
2台横の自分たちの車に乗り込んだ。
「誰だよこんなありふれたヤツ借りたのは。」
「文句があるなら乗らなくていいぞ。」
いつの間にか戻っていた薬師寺が運転席のドアを開けて言った。
助手席では既に眉村がシートベルトを締めている。
「どうかした?」
急いた様子に寿也が運転席を覗き込む。
薬師寺は早急にエンジンをかけ車を発進させた。
「この先で事故があったらしい。渋滞になるからさっさと行くぞ。」
「う、うん。」
4人の車は慌しくサービスエリアを出発した。
だが、走り出してすぐ前方にハザードランプの点滅が見える。
薬師寺は小さく舌打するとブレーキを踏んだ。
「うお!」
その拍子に吾郎が手にしていたコーヒーがこぼれる。
「薬師寺!急に踏むなよ!」
「しょうがねーだろ。」
「なんだとぉ!」
この二人がけんか腰になるのはいつものことである。
とはいえ、事故渋滞によりしばらく足止めを余儀なくされそうで、
寿也も眉村も小さくタメイキをついた。
「あとすこしだってのに時間食いそうだな」
薬師寺がつぶやいた。
車はのろのろと動いたかと思うとすぐに止まってしまう。
助手席の眉村は既にウトウトしはじめた。
薬師寺は恋人に軽く微笑んで、寝てていいぞと言うと
カーオーディオを弄り自分好みの選曲をはじめた。
「ね、吾郎くん、今年の首位打者の打率知ってる?」
一方、退屈そうにしていた寿也は吾郎に野球談義を持ちかける。
「ん?お前じゃねーの?」
「残念ながらそっちのタイトルは捕れなかったよ」
久しぶりに聞く日本球界の話に吾郎もまんざらではない。
色々と熱く語る寿也に、吾郎も調子を合わせ、
時折じゃれあいながら、二人の世界になって行く。
その様子をバックミラー越しに確認した薬師寺は思わず口元がほころんだ。
佐藤寿也がああいう笑顔が見られるのは一年のうちこの時期だけだ、と胸の内で呟いて、
自身は最近気に入っている洋楽に集中した。
この状況下ではおとなしく時間が経つのを待つしかないのだから。
楽しげな会話は続き、機嫌のいい吾郎が大口を叩く。
「ま、そのうち俺が日本の野球界をぶっ壊してやるよ。」
「何を言ってるんだか・・・。」
寿也が苦笑する。
言葉とは裏腹に、二人は今にもキスをするんじゃないかという距離で見詰め合う。
そのときだった。
『それ、ほんと?』
急に見知らぬ声が聞こえた。
「・・・は?」
「今・・・女の子の声しなかったか?」
「まさか・・・」
運転席までは聞こえなかったらしい。
薬師寺は軽くリズムとりながらハンドルを握っているし、
眉村はすっかり寝入っているのかびくとも動かない。
『あれ・・・ここ、どこ?』
もう一度、はっきりと届いた可愛らしい声。
どうも後ろから聞こえるようだが・・・。
顔を見合わせた吾郎と寿也がゆっくりと振り向いた。
「わぁぁぁ!」
「なんだこいつー!」
突然の二人の大声に眉村は目を覚まし、
薬師寺といえば危うくハンドルを右に切るところだった。
「ば、馬鹿野郎!!てめえら・・・」
再び車が停止するやいなや鬼のような形相で振り返った薬師寺が
そのまま固まってしまった。
目が点になった薬師寺を見て眉村もその視線の先を追うと息を呑む。
見れば吾郎と寿也が座る座席の後ろから、
小さな女の子がちょこんと顔を出しているではないか。
「君・・・誰?」
「オジサンたちこそ・・・誰?」
少女は不思議そうな顔をしている。
「いつからここに!?」
「パパとママを脅かそうとおもって隠れてたら寝ちゃったの。」
無邪気な言葉に耳を疑う。
そんな馬鹿なことがあっていいのかと寿也たちはただ驚愕するばかり。
「おじさんたちパパの友だち?」
「あ・・・・まさか!!」
寿也は先ほどのSAで吾郎が乗り間違えそうになった同じ仕様のミニバンを思い出した。
「もしかして・・・君、車を間違えたんだね?」
とたんにおびえたような顔になった少女は事の重大さに気付いたようだった。
寿也も青くなり叫ぶ。
「どうしよう!!薬師寺、戻って!」
「無茶苦茶言うな!!ここ高速だし渋滞してるし!!」
「嫌ぁぁあ―――!パパとママんとこ帰るぅぅぅ」
少女は火がついたように大声で泣き出した。
吾郎が慌てて頭を撫でててやる。
「おいおい、そんなに泣くなよ!・・・くそ!どうして誰も気付かねぇんだよ!」
「薬師寺がさっさと車を発進させるから!」
「一番後ろにガキが隠れてるなんて想像できるか!」
八つ当たりし合う3人がぎゃあぎゃあ騒いでいると、冷静な眉村の素朴な疑問が一瞬で車内を凍りつかせた。
「・・・・結果的に俺たちが誘拐したことになるのか?」
大の男が3人揃って、またも叫び声を上げたのは言うまでもない。
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