<涙>





薄ぼんやりと、天井が見える。何故こんなにも静かなのか。


目を開けた大河は、ここが世に言う極楽浄土なのだと思った。
だが、次の瞬間体中に走った痛みに、思わずうめき声を上げた。


その声をきいた傍にはべる者が、慌てて何か声をあげながら部屋から出てゆく。


(・・・此処は・・?)

あいまいな記憶を辿ろうとするにも、体の傷の痛みがそれを邪魔する。
そうだ、確か戦場で・・・・。

「清水殿!気がつかれたか!!」

知らせを受けて飛んできたのだろう。寿也が、甲冑のまま部屋に走り込んで来た。

「さ・・・とうどの・・・ハッ・・・い、戦は!!お館様は!!??」


自分は死ななかった。だがこんなところで寝ていていいのだろうか?戦況は?
まだ混乱する大河に寿也は穏やかな笑顔を向けた。

「三日三晩、眠り続けておいでだったのだ。無理もない。
あれから私は城を落とすことが出来申した。
清水殿が、助けてくださったおかげですぞ。」


その言葉はにわかに信じ難いものだった。あれほど不利であった戦況を・・・。
一体この佐藤寿也という軍師は、どこまで神掛かっているというのか。


「では佐藤殿が・・・・私を・・・?」


結局、命を助けられたのは自分のほうだった。
自分がでしゃばらずとも、寿也は自力で脱出できた筈。
大河は、自分のしたことの無意味さを痛恨して、大きなため息をついた。


「大河が目を覚ましたとは真か!!??」


そのとき、ドタドタと大きな足音と共に、吾郎が飛び込んできた。
部屋にいた侍女たちが傅き、寿也も一礼すると後ろに下がった。
反射的に大河も起き上がろうとしたのだが、
傷が深くて、とてもできず、小さな悲鳴を上げてしまう。


「大河ぁ!!」


部屋に入った吾郎は床に臥せたままの大河の前で仁王立ちとなる。

「おやかた・・さま・・・申し訳ありませぬ。床の中より・・・ご無礼を・・・」

震える声で、吾郎を見上げる大河の瞳が痛々しい。

「黙れ!!勝手に隊を離れおって!」

「申し訳・・・ありませぬ・・どのような罰もお受けいたします。」

「たわけ!!」

「お館様、何もそのようにお怒りにならずとも・・・・」


寿也がたしなめる。だが、いつまでも突っ立ったままの吾郎の瞳に、
ほんの少し、滲む光を見つけた寿也は、それ以上何も言わず、
安心したように、人払いを命じた。
そして自分も静かに部屋から出て行こうとしたが、
吾郎が、寿也はここにおれ、と言ったのだった。



吾郎の声に、寿也はちいさく微笑むと、部屋の一番奥に控えた。
少し落ち着いた吾郎も、大河の傍らに静かに腰を下ろす。


堂々たる姿の主は、よく見れば傷だらけで、頬には矢がかすったのだろう。
後に痕が残るような大きな傷があった。それでも、
その顔は晴れやかに、希望に満ちていた。


「千石も・・・榎本も・・・敵ながら見事な最期であったぞ。」


一騎打ちの際、千石軍から放たれた矢はかろうじて吾郎の頬をかすめるに
留まった。千石は、矢のせいで重心を崩した吾郎を突き飛ばし、その場を逃れた。
だが、すぐに飛び掛れば反撃の隙があったのだが、
自軍の卑怯な一矢をたしなめる。


____一騎打ちじゃ!手をだすでない!!


もう一度対峙する二人。
今度こそ、どちらかが倒れるであろう、緊迫した空気。


そして勝負はついた。


深手を負った千石は、最後は自ら腹を斬り、大将を失った隊は
見るも無残に次々と茂野軍に押され散り散りとなった。


一方の榎本は、城の造りを知り尽くした寿也に攻められ、
激しく抵抗しつつも、遂に燃え盛る城と共に堕ちたという。


大河は、それは自分も華々しく散るべきだった言われているような気がして、
吾郎の目をまともに見ることができない。


「わ、私をあのまま戦場に捨て置いてくだされば・・佐藤様の城攻めも易々とできたのでは・・・。 
自分だけ・・・このように生き恥を晒し、申し訳がたちませぬ・・・・」

「馬鹿者!」

「ひっ」

だが、次の瞬間、怖れで震えあがる大河の手を、吾郎の大きな手が包んだ。
その手に、なにかポタポタと滴り落ちる何かを感じて、
大河ははっとして吾郎の顔を見た。


目の前にあるのは慈愛に満ちた瞳。
久しく見ることのなかった、主の優しい笑顔。


「よくやった・・・・本当に、よくやってくれた・・・・寿也を救ったのはお前だ。大河。」

「おやかた・・・さま・・・」

こぼれる涙を拭おうともせずに、吾郎は大河の髪を優しく撫でる。

「早う、この傷をなおせ・・・・もう・・・何処にも行くな・・・」

痛々しい大河の体を気遣う吾郎に、寿也が優しく言った。

「清水殿はお若い。きっとすぐに治ることでしょう。」

「寿也・・・そなたの手当もよかったのだろうな。」

「清水殿の気力が勝ったのです。しかし、もう殿を心配させてはなりませぬぞ?」

「・・・・・は・・・・・はい・・」

最後はもう、言葉にならなかった。
子供のようにむせび泣く大河を、吾郎も寿也も、やさしく見守った。









その十壱

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