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<面影>
「お呼びでございますか?」
「篤典
(あつのり)
か。ご苦労である。」
甲冑に身を包み、瞑想中だった眉村健は、静かに瞼を開けた。
出陣前に跡継ぎである篤典を呼び出したのは理由があった。
「此度
(こたび)
の戦が終わる後
(のち
)、私はそなたに家督
(かとく
)を譲ろうと思う」
「な、なんと!もう隠居なさるおつもりですか!?」
茂野吾郎が榎本・千石連合軍を破って後、幾年もの月日が流れた。
彼は天下統一に向けて着々と駒を進め、ようやく、北国征伐を残すのみとなった。
騎馬軍を誇る北の豪族集団は、長きに渡り抵抗を続けていたため、
援軍として、眉村家にも参戦の命が下ったのだ。
だが、一方では、軍師佐藤の諜略により、攻めるべき北国もまもなく
茂野家の傘下に下るという噂も流れていた。
最後の決戦も、もはや血が流れることもなく終わるかもしれない。
驚きを隠せぬ篤典に、眉村はいつもと変わらぬ落ち着いた口調でその旨を語った。
そしてゆっくりと彼に近づくと、
右手をその肩に置き、やさしく諭すように言った。
「良いか・・・。武力の時代は終わるのだ。
これからは、そなたが知力をもって国を治め、民と生きるのだ。」
文武を兼ね備えた偉大なる主が言うのも、すこし不自然だと篤典は思う。
そして、あまりにも唐突な話に、動揺を隠せない。
「しかし、私はまだ未熟者ゆえ・・・」
「安心いたせ。篤典一人になどまかせぬ。隠居といえども、
私は政
(まつりごと
)には口をだすぞ」
眉村はニヤリと笑い、不安げな若者に威厳を示す。
本当は、移り行く時代の波の中で、次の頭主を内外にはっきりと示し、
眉村家の道筋を確固たるものにするための決断だった。
___そして、もう一つの想い。
眉村は不意に彼の髪を撫でると、目を細めて言った。
「目元が・・・・亡き父に似てきたな。」
驚いて目を見開く顔が、薬師寺のそれと重なる。
眉村はそっと、篤典の肩を抱いた。
「姫をたのむ・・・婿殿。」
「義父上
(ちちうえ
)様。もちろんにございます。」
きりりとした目元に、愛しい面影を見て、眉村は思いがけず胸が熱くなる。
だが、威厳は崩さない。
「精進いたせ。必ずやりっぱな頭主となるのだ」
男子の跡継ぎが生まれなかった眉村家に、篤典が婿養子に入ったのは三年前。
直系の子孫を絶やさぬため、とはいえ、身分違いの婚儀に初めは反発もあった。
だが いずれ篤典に嫡子が生まれ、その男子が元服と共に家督を継ぎ、
篤典は後見人となることを公言することにより、眉村は家臣たちを納得させた。
しかし、何よりも、真摯な姿勢で眉村の信頼に応える篤典の誠意は、
いつしか自然と、人々の心を掴んでいたのである。
「・・・殿の御ために。」
薬師寺の忘れ形見である篤典は、父親譲りの切れ長の目を伏せ、
あらためて眉村に忠誠を誓った。
その
十弐
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