<誓い>

〜眉村 初陣の日〜







遙か昔に、時を遡る。




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出陣間近の城内は、異様な雰囲気で誰もが浮足立っていた。
城内を足早で歩く薬師寺も、なにやら言いようのない興奮で思わず声が大きくなる。


「若殿!? 若殿は何処にございますか!?」



先ほどから、主の姿が見えない。


どこからともなく、初陣で怖気づかれたのでは、という嘲笑が聞こえる。


「・・・黙れ!! 若殿はそのような方ではない!」


「薬師寺殿は若殿のこととなると、急に血の気が多くなり申す」


今にも刀を抜きそうになる薬師寺を止めたのは草野だった。そして、
「やはり緊張は否めぬのだ。
薬師寺殿は、お傍を離れないほうがよいのでは、」と言う。


嫡男であった兄の急な病死により、急遽眉村家の跡取りとなった眉村健は、
今日、初めて戦場へと足を踏み入れる。


幼い頃より仕えている薬師寺は、緊張から体調を崩す彼のことをよくわかっていた。



かくいう薬師寺も、出陣経験は数えるほどであり、
まだまだ、鎧も兜も着慣れているわけではない。



それでも、その度胸と武術の腕を買われ、此度の合戦では先陣の一角となる。




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薬師寺は、母屋の奥の厠へと向かうと、庭に佇む主を見つけた。




「若殿・・・・・お加減は?」


「薬師寺・・・大事ない・・・ただ・・・少し、気が張っている。」


振り向いたその表情は少し青ざめているようにも見えた。


無理もない。初陣が決まった矢先の、兄の急死。まだ数えで十三なのだ。
饒舌で、求心力のあった兄を惜しみ、寡黙であまり表情を表にださぬ弟が世継ぎに
なったことへ、密かに失望の声があることも、彼は知っているのだろう。



「ご案じ召されますな。それがしがついておりますゆえ。」

「・・・・薬師寺・・・そなたのように強くなれるか・・・・」

「何を申される。若殿の武術の腕前は・・・・」

「そうではない・・・。そなたは、恐れずに前に進む。」


幼い頃より傍にいたせいだろうか?眉村が自分に対してはあまりにも素直に心情を吐露するため、薬師寺はどう振舞えばいいのか戸惑うことがある。


まるで兄弟のように共に過ごした幼少期は昔のことであり、
今や自分は、ただの家臣でしかないのだ。


「それがしなど、若殿の足元にも及びませぬ」

「媚びなどいらぬ!! 昔のように私を叱ればよいだろう!?」


恐れと緊張からの八つ当たりだろうか?
思わず、薬師寺は主の両肩をしっかりと掴み、正面から諭すように静かに言った。


「・・・・私とて、戦は恐ろしゅうございます。ですが、
恐れを知るものこそ、最も強きものになれるかと」

「そなたでも・・・怖いのか。」

元服したばかりの髪が初々しい。
その透き通った瞳に幾分安堵の色が見え、薬師寺はすこしほっとした。
そして、今度は急に語気を強めた。

「・・・・しかしながら、二度とそのようなこと口にしてはなりませぬ!!」

主の体がすこしびくり、した。

「もはや、眉村家の跡取りとなられたのですぞ。堂々と、なさいませ。」


やさしく諭されて、急に自尊心が顔をだしたのか、主の顔が少し険しくなる。


「・・・・口が過ぎるぞ。」


「出すぎたことを・・・・申し訳ありませぬ。」


その引き締まった表情に、薬師寺はもう心配ないというように、
その場を離れようとした。


「薬師寺。」


呼び止められて振り返る。


「戦場では、私を守ると言ったな?」


「はい。それがしは先陣に加わりますゆえ、若殿にご出馬いただく手間など
取らせませぬ。 敵をすべて討ち取ってまいります。」

「ならぬ。」

「・・・は・・?」

「傍におらねば、守れぬ。父上には私から申しあげる。そなたは、私とともに
本陣にいるのだ」


若い主が、一体何を言っているのか薬師寺にはすぐにはわからなかった。
自分を傍に・・・。それだけでも身に余ることなのに、
もしかすると、真っ先に突撃する危険な先陣から自分をはずす意図もあるのでは、
と考えた時、
忠義を超えた何かが、胸の奥で渦舞いていることに薬師寺は困惑する。



自分は家臣であり、目の前の美しい若者に仕えることは
当たり前なのだ。
しかし、時折感じるこの、不思議な感情は何なのか。
まだ15歳の薬師寺には、深く理解できるものではないのかもしれない。




それでもこの時_____。

自分が忠誠を尽くすのは、眉村家という大きな組織ではなく、
かけがえのない、この若い主君ただ一人だということを、
薬師寺は、はっきりと悟ったのだった。


薬師寺は、もとより、戦場が怖いわけではなかった。


(・・・・・恐れているのはただ_____貴方を失うこと。)



「もったいなきお言葉、恐悦至極に存じ奉ります。
この命、若殿に捧げることを 今ここで誓いまする。」



急にうやうやしくひざまずく薬師寺に、眉村は思わず驚き、
おおげさなことを言うな、と、むしろたしなめるように笑いかける。




そこにいるのは、まだ少年の面影が残る、二人の若者。





その誓い、果たされしとき、来るや、否や________。






<終>





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