<焦燥の砦>
「あれが、佐藤殿か・・・・噂にたがわぬ美しさじゃの。殿がお気に召すのも納得じゃ」
「しかし、殿はあまり佐藤殿のご意見には耳を貸されぬようですぞ」
「はて・・・やはり、新参者よの。」
登城のたびに囁かれる陰口など気にもとめず、
佐藤寿也は堂々と、新たな主の下へとむかう。
「清水殿。お館様は?」
「あいにく、別室にて・・・・」
小姓頭である大河の言葉の濁し方で察しがついたのか、ため息と共に寿也は
ではこちらで待たせてもらう、と言ったのだが、大河はそれを許さなかった。
寿也はいまいましそうに舌打すると、
きびすを返して、足早にその場から去っていった。
(出陣の前に、本意を訊いておきたかったのに・・・・)
軍師として茂野家に仕えることとなった佐藤寿也は、
着任早々、主の機嫌を損ねていた。
東に位置する国の榎本直樹が、隣国の千石真人と手を組み、
強大な敵となって茂野吾郎の前に立ちはだかった。
敵の軍勢が強力なこともあり、ここはゆっくりと諜略しては、というこちらの
言葉には全く耳もかさず、真っ向からその連合軍に立ち向かおうとする
吾郎の戦略に、寿也は素直に従う気にはなれなかった。
_____その作戦は無謀です
______俺に指図するな!
一昨日、評定の場で対立して以来、なかなか吾郎と話す機会のないまま、
城内は急に慌しくなり、大きな戦への準備で寿也は忙殺されていた。
(何のために、自分は茂野家に来たのだ)
天下統一のために、吾郎に仕えることを決めたのに、 当の主は、自分の意見にはあまり耳を貸さないときた。
これでは、長年仕えた眉村家を離れたことに対し申し訳がたたない。
(わが道を行かれるお人だとは、思っていたが・・・・)
寿也は少し、焦っていたのかもしれない。
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悪夢のような戦場だった。
「お館さま!」
迫り来る敵の軍勢の喚声が、不気味に近づいて来る。
「だから申し上げたはずです。正面から向かっていっては危険だと!!」
次々と報告される茂野軍劣勢の戦況に、思わず寿也が声を荒げた。
「ひとまず、ここは退くべきです。」
「何!? 寿、お前は、俺におめおめと逃げろって言うのか!?」
口ではそういうが、吾郎の顔には、それもやむなし、という表情がありありと表れていた。
吾郎が当主になって以来、初めての大敗だった。
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やっとの思いで、茂野軍は、国境のとある城へと戻ることができた。
茂野家の領地への入り口ともいえる、最後の砦だった。
一行の疲れの色は隠せず、傷を負ったものもたくさんいた。
「和議の条件に、西の砦ともいえるこの城と、その上、人質を差し出せ、だと・・・・?
くそっいまいましい奴らめ!」
吾郎は思わず、手にした書状をぐしゃり、と握りつぶした。
「このような条件飲んでたまるか。もう一度、攻め込んでやる」
手痛い大敗を帰した上に、この上さらなる屈辱を味わうことへの怒りから
吾郎の表情は鬼のようであった。
手負いの軍勢で再度攻めることが無茶なことくらい、誰もがわかっていながら、
静まり返った評定の場で、反論しようとする家臣は一人もいなかった。
口答えしようものなら、一太刀で斬られることもありえるほど、
吾郎は殺気立っていたのだ。
大河はその様子を黙って見ていた。
いよいよとなれば自分が言うしかないだろう。
口を開きかけたときだった。
「お待ちくださいお館様!早まってはなりませぬ。」
静寂を破り、諫言したのはやはり佐藤寿也だった。
「お前が何と言おうと、俺はこの条件を飲むつもりなどない。」
吾郎の恐ろしいほどの鋭い眼差しにも、寿也は屈しない。
「それが命取りだと申しあげているのです。」
「黙れ。この城をとられては、わが領地は丸裸同然じゃ。」
「わかっております。でもここは耐えるしかございませぬ!!」
しばし、押し問答が続いた。
家臣たちは皆、固唾を呑んでその行方を見守っていた。
「そこまで言うなら、お前が人質になればいいだろう?
そして、城の受け渡しもすべてお前がいたせ!!」
「喜んで。」
「な、何ぃ・・・?」
黙らせるために発したつもりの吾郎の言葉は、なんの効果もなかった。
むしろ寿也はこれ幸いとばかりの顔をする。
「受け渡しの役目仰せつかりました。ですが、人質が新参者の私では先方が納得いたしますまい。さしずめ、側室のおなつ様あたりがよろしいかと。」
________平然と言ってのける寿也に、吾郎は、多少の畏怖さえ覚えた。
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