馳せる颯 外伝
<SS 桜 >
「殿!殿!失礼つかまつります!」
なにやら興奮した声とともに、薬師寺が部屋に入ってきた。
読んでいた書物から目を上げることなく、眉村は何事かと静かに問うた。
「城の東の桜が満開ですぞ。
それはそれは見事に咲いておりまする!」
そこにいるのは、いつものような、冷静で頼れる腹心の姿ではなかった。
瞳を輝かせ熱く語る薬師寺を見て、眉村はああ、今年もこの季節になったかと、
妙な納得をする自分を笑ってしまう。
そして、毎年、同じような会話が繰り返されるのだ。
「殿も是非ご覧下され!」
「そんなに大事なことなのか。」
「一大事にございまする。」
「そなたはこの時分になるといつも浮き足立つ。戦にでもなればどうするつもりだ?」
「桜の季節に戦をする馬鹿がおりましょうか?」
薬師寺の顔は至極真面目である。
眉村は、あきらめた顔で、もうよい、下がれ、と言った。
はあ、と、気のない返事をした薬師寺は、
まだ何か言いたそうな顔をしたまま動かない。
眉村は再びため息をつくと、
仕方無しに、明日にでも花見をすればよい、と告げた。
「かしこまりました!さっそく草野と相談してまいります!」
バタバタと足音を響かせ遠ざかる薬師寺の姿を、
微笑ましく思いながら、眉村はまた静かに書物の世界へと戻る。
穏やかな、春の午後のことだった。
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