30000hitキリ番リクエスト (渋谷×大河) 

<春の門出>


08年8月に書いた(渋谷×大河) 夏の続き  続編となります。
 






風に舞い散る桜が、青い空に映える。
今日は聖秀高校の卒業式だった。


___そういえば、去年あの人は卒業式にも出なかったんだっけ・・・?


型どおりの式典に、感傷的な思いは沸いてこなかった。
教室へ戻る途中、大河はぼんやりと、海の向こうに思いを馳せていた。
すると、遠くからそれを打ち消すような騒がしい声が聞こえてくる。

「キャプテーン!!卒業おめでとうございまーーす!!」

げんなりとした顔で振り向けば、満面の笑みで駆けて来る後輩が見えた。

「渋谷。俺はもうキャプテンじゃないっつーの。いいかげんその呼び方やめてくんない?」

「まあまあ、いいじゃないですか。
あとで野球部主催の追い出しセレモニーやりますんで、屋上に来て下さいよ」

「あー、俺、出ないとだめ?」

なんとなく照れくさいので言ってみただけだった。
渋谷が怒ったような、がっかりした顔をする。
仕方ないので大河は、わかったわかった、ちゃんと行くから、と言いなおした。

「絶対ですよ!またサボったら承知しませんよ!」

ぱっと顔を輝かせ、足取りも軽く去ってゆく背中を見つめながら、
大河は小さくため息をついた。



・・・・・・・・


思い出すのは昨夏の地区予選敗退の日のことだった。

一人屋上で佇む自分を探しにきた渋谷。
彼に好きだと言われ、抱き締められた夜。

___悪いけど、俺。

___わかってますよ。キャプテンが誰を想ってるか、だなんて。


渋谷の声が少し震えていた。
大河はそれ以上の言葉をつむぐことが出来なかった。
否定しようとして出来なかった自分が、
そして、自分の中の「センパイ」__茂野吾郎の存在が、
無性に腹立たしかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・





屋上のグラウンドでは、久しぶりに新旧がそろった野球部のメンバーが整列している。


自分たちを前にして、堂々と祝いの言葉を述べる渋谷も、ずいぶんと貫禄がついていた。
秋の新人戦では思った以上の結果がついてきて、その後さらに努力を重ねて今に至るという。
あれほど、自分の力におぼれ、地道な練習を嫌がっていた渋谷が、
二言目にはスモールベースボールなどと言っているのだからわからない。


「・・・というわけで、今年も我が聖秀野球部は、甲子園出場を目指します!!」


うざいくらい熱く語る後輩エースの視線は、大河だけに注がれていた。
眼差しを一瞬受け止めた大河は思わず俯いた。


渋谷は大河への好意を隠そうとしない。
だが、だからといってそれ以上のことを求めてはこない。

あの夏の夜も、無理やり残念会に連れて行かれただけだった。
やがて、受験勉強に入った大河と、新生野球部として練習の日々を過ごす渋谷とでは
次第に接点が無くなっていった。

校内ですれ違う時、はにかんだように見せる渋谷の笑顔以外、
二人が交わるものなど何も無かった。


そんな日々も、もう終わる。


(え・・・俺・・・今・・・?)


大河ははじかれたように顔をあげた。
今、初めて卒業することへの寂しさを感じたような気がしたのだ。


慌てて打ち消すように頭を左右に振った。

すると、いつのまにかセレモニーは佳境に入っていた。
改めて卒業の祝辞を述べながら、後輩たちが、急に大河を囲むように集まってきたのだ。
嫌な予感がした。

「お前らまさか?!」

「藤井先輩から言われてるんです。去年と同じように清水キャプテンを送り出してやれって」

「嘘だろ?やめろ・・・やめろって!!!」

大河の制止の声は、何の効力も無い。
あっという間に、小さな体を担がれる。

「キャプテン・・・軽!!」

「るさい!!」

何度も宙に舞う大河は、予想以上の高さに慌ててしまう。
自分の下にいる部員たちから、もっと高く、などと聞こえてさらなる恐怖に包まれる。

「う、うわぁあぁぁぁぁぁ!!」

いつぞやの日本シリーズの投手のように、思いのほか高く舞ってしまった大河の体は、
案の定、空中でバランスを失った。
落下地点がずれてしまったために、下の部員たちが受け止め切れない。

「わぁぁキャプテン!!」

「キャー清水くん!?」

ハラハラしながら見守っていたマネージャーの甲高い悲鳴とともに、
大河の体はまっさかさまに地面に落下した。




・・・・・・・・・・・・・・・・




「本当に大丈夫?」

「平気平気。もう帰っていいよ。」

「じゃあ山田先生のところに行ってから、今日は帰るね。また、春の大会の時にね。」

苦楽を共にしたマネージャーの柔らかな声音が最後に、卒業おめでとう、と奏で、
保健室から消えていった。
養護教諭は卒業式の片付けに借りだされて席をはずしているし、
生徒はほとんどが下校していて、大河のほかにベッドを使う者もいない。


「・・・なんっかサイテー。」

布で仕切られた小さなスペースに、一人。
高校生活最後の思い出がこんな所かよ、と空を睨む。


むかむかしていたら、綾音と入れ替わりで渋谷が入ってきた。
睨みつけられる前に、大河に向かって、脱帽して深々と頭を下げる。

「すいませんでした!!」

「バッカじゃねぇの?」

「まさかあんなに高く上がるなんて思わなくて・・・。」

「打ち所が悪かったら死ぬっつーの!」

すいませんすいません、と平謝りする渋谷はしゅん、となってベッドの脇で小さくなっている。

「ま、こんなことも、もう無いだろうけど。」

「え?」

「あとはよろしく。がんばれよ。渋谷。」

別れの言葉のつもりだった。大河なりに、ケジメをつけようと思ったのだ。
大学に進学したら、もう頻繁に会う機会もないだろう。
渋谷だって自分のことなんか自然に忘れるはずだ。
それが、お互いにとって一番いいことなのだと大河は思っていた。

「・・・今日は許してやる。ついでにいろんなこと、全部忘れてやるよ。」

冷たい目をして見せた。
少し、胸が痛かった。

「そう・・ですよね・・・」

沈黙が二人を包む。
渋谷の見開いた瞳は、一度悲しそうに伏せられた。



ベッドを仕切るカーテンがふわりと揺れた。
桜の花びらがひとひら、どこからともなく漂ってきて、
渋谷の足元に落ちた。



「俺、こないだのワールドカップ見ていて思いましたよ。
あんなすごい人と一緒に戦った清水先輩の心に、俺に入り込む隙なんか無いって。でも・・・・。」

渋谷があの日のように、決意に満ちた顔になった。

「俺、お別れだなんて、全然おもってませんから」

大河の予想したとおりだった。
あきらめるどころか、前に進もうとしている。
こんな彼の強さとしたたかさが、いつもうらやましかった。

___そうだろうな。でもな、渋谷。

「終わりだよ。」

驚くことも無く、諭すような口調で大河は続ける。

「いい加減、目を覚ませ。お前のこと、憧れの目で見てる女子だっているだろう?」

「いませんよ。いても知りません。」

「だからもうやめろ!」

対話が進むにつれ、渋谷は大河に近づいてゆく。
先輩の肩を掴み、しっかりとその視線を捉える。
その手は少し、震えているようにも見えた。
勇気をふりしぼって、一歩前に出たエースの勝負度胸に、
大河も毅然として立ち向かう。

「何するんだよ。」

「キスしていいですか?」

「は!?自分が何を言ってるかわかってんのか!?」

真っ向から渋谷を睨みつけた。

「もう忘れろって。」

「嫌です。」

「こんなとこで馬鹿なマネするな!」

「じゃあ、どこならいいんですか。」

「ってそもそも俺そんなことしたくないし。」

「俺は・・・!」

「だからやめ___!」


本気で避けることは出来ただろう。
逃げ出すことだって、平手打ちをくらわせることだって、出来たはずだった。
それなのに。


(・・・馬鹿だなぁ・・・)


強引に重ねられた唇に、かすかに甘い疼きを感じながら、
大河は瞳を閉じてしまったことを後悔した。

拒まれなかったことで大胆になった渋谷の腕が背中に回る。
顔が離れると目をあわすことなく強く抱き締められる。
肩越しの言葉が、静かに、でもはっきりと自分の体の中にまで響いた。


「好きです。」

「・・・わかったよ。」


忘れろ、と叫んでいた言葉は、自分自身に向けたものだった。
自分は負けたんだろうか?
いや、最初から、勝負なんかしていない。
ただ、逃げていただけ。

こちらを見つめる真っ直ぐな瞳と、人懐っこい笑顔。
背を向けていても、ふりむけばいつもそこにあるような気がした。
絶対に認めたくはなかったのに、相反する小さな問いが内から何度も湧き上がった。


___触れたら、そのぬくもりを愛おしいと思うのだろうか?


迷いは、答えを導く扉の鍵になった。


大きな影と小さな影が、柔らかな春の光の中でもう一度重なった。








<終>











30000hitキリ番リクエストでした。
「パラレルではない渋谷×大河」ということで、以前書いた二人のその後を書いてみました。
えっといろいろと言い訳はあるのですが・・・(汗)相変わらずですみません(涙)
でも、楽しんで書かせていただきましたv
ぽけ様、リクエストありがとうございました!!本当にうれしかったですv
ご期待に添えたかどうか自信はないのですが、
謹んで捧げさせていただきます!!




2009・3・21


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