2009年のパリーグのクライマックスシリーズ進出争い妄想です。
なお、小説内のチームは実在の球団とは何の関係もありません。
試合開催地、日程なども都合よく捏造しています。ご了承ください。
「夕日と月に照らされて」
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マンションのベランダで一人、薬師寺は夜風に吹かれていた。
今日、ペナントレースの決着がついた。
昨年日本一に輝いた栄光も虚しく、
リーグ制覇はおろか、クライマックスシリーズ出場をも逃した。
目の前で歓喜に沸く相手チームをみつめながら、
悔しさと、やるせなさを味わった夜だった。
「会いてぇな・・・」
今宵は中秋の名月。
澄み切った夜空に輝く見事なまでの満月に、恋人を想った。
あいにく、彼は今遠征先の広島にいる。
シーズンもいよいよ終盤となり、消化試合の日程は変則的だ。
確か明日の夜も横浜で最後の試合が控えているのではなかったか。
「でも・・・・どの面下げて会えるっつーんだよ。」
薬師寺は月に向って苦々しくつぶやいた。
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それは夏の名残が残る、晴れた日のことだった。
休日とはいえ、夜には福岡へと移動するから、あまり時間がなかった。
それでも少しのあいだでいい。二人で過ごせたなら、
CS進出争いの緊張と疲れから開放されると思い、薬師寺は眉村を食事に誘った。
行き先は新しく出来たばかりの高層ビル。
眺めのいい個室に上品な中華料理が次々と運ばれてくる。
それなのに薬師寺はずっと不機嫌だった。
昼間だというのに、いつもよりも酒量のペースも早かった。
眉村があえて野球ではなくゴルフの話をしていたが、それも聞き流すばかり。
昨年味わった日本一の栄冠は既に色あせていた。
獅子は二連覇を期待されながら、ふがいない試合が続き、
3位争いすら敗色濃厚となってきた。
目下のライバルチームを率いる老将は今年で勇退するらしく、
マスコミはその最後の花道を期待しており、昨年の覇者には厳しい声が多い。
日本一を争う舞台に再び立ちたくとも、苦しい戦いが続いていた。
「・・・大丈夫か?」
ぼんやりしていた薬師寺に、眉村が問うた。
「あ、ああ。すまない。せっかくお前が薦めてくれた店だ。」
笑顔を作り、薬師寺は箸を取る。
限られた時は虚しく過ぎてゆく。
口数も少なく、時計を気にしている薬師寺を見て、眉村が言った。
「空港まで送ってやろう。」
「え?」
「車で来たんだ。」
「・・・・なんだか悪いな。」
「たまの休みに運転するのは、いい気分転換だ。」
ふっ、と笑う恋人の心遣いが染みて、エレベーターの中でそっと手を繋いだ。
このまま抱き締めて口付けたい衝動をなんとか堪えた。
公から遮断された限りある空間に気を大きくしたのだろうか。
眉村の運転する車の中で、薬師寺はとうとうチーム成績への愚痴をこぼし始めた。
酔いも手伝ったのだろう。
普段周りに気を遣う分、心許した友に対して、
時折薬師寺は子供のように言いたいことをぶちまける。
いつもは黙って聞いてやる眉村だったが、
徐々にエスカレートしてゆく薬師寺の暴言に、思わず顔をしかめた。
自身のバッティングの不調ならともかく、
踏ん張りの利かない中継ぎ投手陣までも
口汚く罵りはじめた薬師寺の姿は、見るに忍びない。
さすがの眉村も、諭すように首を振った。
「言いすぎだ。」
「うるせぇな。誰も聞いてねえだろ。」
薬師寺は思わずカッとなる。
理解、同意までは期待していなかったが、
これでは恋人にまでふがいなさを指摘されたようで腹が立った。
「身内批判はみっともないぞ」
「へいへい。お前もピッチャーだもんな。投手の味方ってやつ?」
「いいかげんにしろ。酔っ払い。」
「だったらお前も飲めばよかっただろ?」
「明日登板だ。馬鹿な真似はしない。」
ストイックな眉村の態度が薬師寺の勘にさわる。
だから車で来たのかよ、とつぶやくと思わず意地の悪い顔になる。
「どうせもう消化試合じゃねえか。」
「一つでも多く勝つためだ。」
「そうだよな。お前はタイトルかかってるもんな。いいよなぁ記録に専念できて・・・。」
口に出した瞬間、しまった、と薬師寺は思った。プロとしてあるまじき発言だ。
だが、引っ込みが付かない。
謝罪の言葉を発するタイミングを逸した。
当然のことながら眉村は黙り込む。
それっきり会話が途切れた。
薬師寺もむしゃくしゃしていたから、運転席の眉村に背を向けるようにして、
黙って窓の外を眺めていた。
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2009年10月12日
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